千両過眼

東京在住の会社員です。読書、舞台、展覧会の感想などを書いています。

「プーシキン美術館展」

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○2018年6月
「プーシキン美術館展 旅するフランス風景画」

モスクワのプーシキン美術館所蔵のフランス風景画。
モネやブーシェ、コロー、ルノワール、シスレー、セザンヌ、ゴーギャン、マティスらの有名どころが多く展示されています。でも私は、これまで知らなかった画家の作品により惹かれました。

たとえばエドゥアール・レオン・コルテス「夜のパリ」。夕暮れ時のパリの街路、まだ街灯が灯る前。人や馬車が行き交い、店のウィンドウの光が明るい。雨上がりなのか、地面が光っている。
ルイジ・ロワール「パリ環状鉄道の煙<パリ郊外>」。画面の上半分のほとんどを白煙が横切っていて、これは鉄道の煙。一方で馬がつながれていたり藁が積まれていたりと、近代への過渡期の都市の様子がうかがえる。これも水たまりが光を反射してるのが現実感ある。
このほか、ジャン・ベロー「芸術橋(ポン・デ・ザール)近くのセーヌ河岸・パリ」やジョルジュ・レオン・デュフレノワ「パリの広場」。いずれも100年前のパリの様子が伝わってきて、わくわくと見ました。

今回の呼び物の一つはモネの「草上の昼食」。
オルセーのよりずっと小さくて、オルセー版の習作とも、オルセー版が分断された後に描かれた再制作ともいわれているようです。
基本的なテイストは下絵をそのまま踏襲、しかしオルセー版のようないかにもな「モネ感」がありません。ひとことで言うと印象が暗いのです。
オルセーのものは明暗がはっきりしていて、陽光の明るさが印象的ですが、プーシキンのものは人物がほとんど影。そのため、せっかくのピクニックがちっとも楽しそうに見えない(笑)。
もうひとつ、本展のキービジュアルになっているのがルソーの「馬を襲うジャガー」。こちらを向いている馬の目がうつろで怖い。なんでこれがポスター?確かにインパクトあるけれど…。

こうやって風景画という同じテーマで見ていくと、時代の流れとともに風景に対する人の意識や関心のありかも変わっていくのが、よくわかりました。

映画「羊と鋼の森」

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□2018年6月15日
映画「羊と鋼の森」

ピアノの調律師を志す青年の話です。
ピアノの内部が羊(ハンマー部分の羊毛フェルト)と鋼でできていて、その森の深くに分け入る、そしてそれが世界とつながっている。山﨑賢人演じる主人公が心に秘めたイメージが素敵です。
ピアノの音、奏でられる音楽が美しくて、心地よくもありました。
「柔らかく」「固く」「軽く」などとリクエストされるピアノの音は、確かに聴き比べると一つ一つ違うような気がして、音楽というのは奥が深いと思いました。

上白石姉妹が高校生ピアニストの姉妹役を演じていて、生き生きとピアノを弾く様子が魅力的でした。主人公を支える先輩調律師たち、柳役の鈴木亮平、板鳥役の三浦友和、秋野役の光石研らも名演です。
人間が何かを好きでいること、そのためにたゆまず努力すること。これらが表現されていて、とても美しい映画だと思います。

「シークレット・ガーデン」

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●2018年6月14日
ミュージカル「シークレット・ガーデン」(シアタークリエ)
出演:石丸幹二 花總まり 石井一孝 昆夏美 松田凌池田葵 大東リッキー 石鍋多加史 笠松はる 上野哲也

シアタークリエで「シークレット・ガーデン」を観ました。
トニー賞3部門を受賞した海外ミュージカル。ブロードウェイ初演は1991年。
インドで両親を失った少女メアリーが英国にいる叔父アーチボルドに引き取られます。アーチボルドの妻リリーは10年前に亡くなり、それ以来彼はリリーの面影を慕いながらひっそりと引き籠って暮らしています。
広大な屋敷の一角に、鍵がかかった閉ざされた庭があることを知ったメアリーは興味を抱きます。

何の知識もないまま観たのですが、面白かったです。
メアリー、アーチボルド、息子のコリンそれぞれの孤独が描かれ、秘密の庭を媒介に、彼らがつなぎ合わされ、「いま」を取り戻す過程が描かれます。
人物たちの思いが積み重なっていって、闇から光が生まれていくのに感動しました。
アーチボルドを石丸幹二さんが演じていて、歌はもちろん、演技に胸打たれました。二枚目役の多い石丸さんですが、今回みたいに鬱屈して額にしわを寄せている役を演じても一流です。
苦労性の弟ネヴィル役の石井一孝さんとのデュエットは歌うま同士なだけにすごかった
石井さんのネヴィルは憎まれ役ですが、彼の醸し出すピリピリした緊張感が、家族の愛情や自然が育む安らぎとのいい対比になっています。

亡き妻リリー役を花總まりさんが演じています。
この屋敷と庭、そこかしこにリリーの面影が濃厚にたゆたっているのですが、その存在感がとてもよく出ていました。喋る場面は少ないですが、歌と姿と表情で、リリーのこの世に残した気持ちのありかまでが伝わってくるようでした。影の主役です。
花總さんは、また一段歌がランクアップした感じですね。
リリーの妹でメアリーの母ローズ役を笠松はる。彼女が劇団四季にいるときに「ウェストサイド」のマリアや「オペラ座の怪人」のクリスティーヌが好きでした。久々の美声。お顔を拝見できてとても嬉しいです。
メアリーは池田葵、コリンは大東リッキー。二人とも上手で、言い争ってるときなんか本当に言葉をぶつけあっている感じでした

帝劇と違い、クリエは客席と舞台が近く感じられます。
荒れ果てた庭に花が咲くような、人々が紡ぐ再生の物語が、まっすぐ伝わってくるようでした。

宝塚宙組「天は赤い河のほとり」「シトラスの風」

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●2018年6月9日
宝塚宙組公演
ミュージカル・オリエント「天は赤い河のほとり」/
ロマンチック・レビュー「シトラスの風-Sunrise-」~Special Version for 20th Anniversary~(東京宝塚劇場)
出演:真風涼帆 星風まどか 芹香斗亜 愛月ひかる 桜木みなと 星条海斗

かつて少コミに連載された人気漫画の舞台化。
現代の女子高生・夕梨が古代オリエントにタイムスリップしてしまいます。 そこで夕梨はヒッタイトの皇子カイルと出会い恋仲になりますが、国と国との争いに巻き込まれてしまい…という話。

長大な原作を一幕にまとめるという荒業。そのためか、ストーリーを追うのにいっぱいいっぱいの印象を受けました。
夕梨の現代に帰れない辛さとか、ここで何をなすべきかという葛藤を描いて欲しいところですが、残念ながらそういうのはなし。人物の気持ちがほとんど掘り下げられていません。
男役のカッコよさだけを追究するんだったら、別にわざわざ漫画原作を持ってこなくても…と思いました。
ヒッタイトの皇太后とエジプトの皇太后の思惑や、愛月ひかる演じるマッテイワザらとの関係が難しくて、途中からかなりどうでもよくなりました。

今回は、真風涼帆と星風まどかの両トップの大劇場就任公演。私は真風はオールバックのほうが似合うと思うのですが、今回は原作ものなので茶髪長髪です。
真風はセリフが聞きやすくて歌も上手いです。筋の通った、強くて優しい皇子を演じていますが、カイルという人物に人間的懊悩がほとんど描かれていないのは、やはり残念です。
星風まどかも出番が多い割にあんまり印象に残りませんね。原作を改変した変な場面、たとえばネフェルティティの寝室を家探しして文書を盗むところなんかが妙に頭に残って、 もったいない感じがしました。
トップコンビ、次の公演に期待したいです。
芹香斗亜のラムセスの扮装が抜群に似合っててカッコよかったのと、桜木みなとの弟ザナンザがいい人を演じて素敵でした。

ショーは「シトラスの風-Sunrise-」。
宙組誕生20周年を記念して、初演時の「シトラスの風」をもとに再構成しています。「シトラスの風」というと私は「花占い」を思い出します。
テーマ曲などはやはり古めかしい感じが否めません。が、逆に言うと、古き時代の宝塚の香りを感じさせるようでもあります。
私が一番惹かれたのは、芹香斗亜が銀橋で踊った「PARADISO」です。 以前「ネオ・ダンディズム」で見て以来の曲でしたが、これが彼女の荒っぽい魅力に似合ってカッコよかったです。

終演後、新トップスター真風涼帆の挨拶がありました。

「宋磁ー神秘のやきもの」

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○2018年6月
「宋磁 ―神秘のやきもの」(出光美術館)
先日終わった出光美術館の「宋磁」展には3回行きました。
青磁、白磁がほとんどで、そこに青白磁、わずかに天目茶碗や色絵磁器が混じる程度で、やはり宋時代というと青磁白磁の時代なのだなという感じがします。
定窯の白磁、磁州窯の掻き落とし、耀州窯のオリーブグリーンと印花文、鈞窯の澱青釉や月白釉、紫紅斑、景徳鎮の白磁と見紛うような青白磁と刻花文、影青、そして砧青磁などの竜泉窯や南宋官窯と、それぞれの特色が出ています。
なかでも北宋・鈞窯の澱青釉は、汝官窯へのつながりなどが言われるだけあって印象深かったです。
汝窯は去年春に、大阪の東洋陶磁美術館に水仙盆を見に行きました。専門的なことは分かりませんが、美しい「雨過天晴」のやきものが、後の世に至るまで憧れの対象だったことは理解できました。
今展に出ている鈞窯の「青磁盤」は、やや暗い色味に感じますが、汝窯の可能性が指摘されているということでした。

磁州窯系では、異なる種類の鉄釉を掛け分けたものが、室町以降に日本で珍重された茶入の景色を思い起こさせ、案外影響関係があるのかもと思いました。
今回一番の収穫は越州窯の秘色について。
宇治で出土した、藤原北家の遺品と思われる朽葉色の水注が展示されているのですが、これが余りに普通の青磁の色とかけ離れていて。これが秘色というもの?と疑問に思いました。
わが国では平安期の源氏物語や宇津保物語に記事が出てきますが、秘色というとこの色の器を指していたようです。
一方、秘色磁器は色のことを指すのではなく、天子以外に使用が禁じられた器、という意味ともいわれます。
出光美術館には、奥の陶片室に中国の法門寺遺跡出土の、これこそ秘色という陶片があります。しげしげと見てみると、石のような硬質の感じのする暗いブルーグレイで、日本人が秘色青磁とみなしたものとは違うことがわかります。
この間からの疑問に、答えが見つかって良かったです。

ミュージカル「モーツァルト!」(2018年)

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●2018年6月7日
ミュージカル「モーツァルト!」(帝国劇場)
出演:古川雄大 市村正親 和音美桜 生田絵梨花 山口祐一郎 涼風真世 阿知波悟美 武岡淳一 遠山裕介

帝劇で「モーツァルト!」を観ました。
新演出ということで心配しましたが、そんなに気になるほどのこともなくてひと安心。舞台上に巨大なピアノのオブジェが出現し、その上で芝居が進行します。
このほか盆が多用されてたり、衣装とかも結構変わりました。

この日のキャストは、古川ヴォルフ、生田コンスタンツェ、男爵夫人は涼風真世。
古川ヴォルフは上背があり顔がいいのでビジュアルに期待しておりました。ところが衣装がいま風のだらっとしたのが多くて、あまり似合っていないのでは?と思いました。
演技については、まだまだ発展途上にある感じ。明るさと沈鬱さのバランスが重要だと思うのですが、表情一つとってもへらへらしているか悩んでいるか、どちらかに見えてしまい、その奥にあるものが伝わってこないのです。
そのため、彼の分身であり、才能や過去の栄光を象徴していると思われるアマデが、舞台上で置き去りにされているように見えることがありました。
とはいえ難曲揃いの歌をあそこまで歌えてたのは立派だと思うし、ごくたまに無造作に顔を出すパッションがいいと感じました。エリザベートやモーツァルト!のような悲劇が似合う人だと思うので、今後に期待したいです。

生田コンスタンツェは「ダンスはやめられない」などが良かったです。演じる人によって印象の変わる役ですが、健気な感じのコンスタンツェでした。
ヴァルトシュテッテン男爵夫人役の涼風真世は素晴らしいのひとこと。
涼風さんが出てきて「おとぎ話をしましょう」というところからすでにドキドキ。「星から降る金」が始まると、上手いとかそういう言葉を超えて、劇的な空間が広がります。
ほぼ中央前方席だったのですが、涼風さんが歌うにつれて市村パパの表情が翳っていき、それを察したナンネールがそっと寄り添い、そこにヴォルフが近付いていくというのが、視界の中で濃縮されたドラマのように感じられました。
ナンネール役は和音美桜。歌は抜群に上手いのですが、さらさら流れていくような感じ。前回公演の花總まりさんの時はいちいちナンネールの心情に引っかかってしまい、結果、家族の絆について考えさせられましたが、今回は良くも悪くも流れの中に綺麗に収まった感じです。
コロレド大司教は山口祐一郎さんで、どの場面も華やか。赤や黒のお衣装もお似合いです。
馬車の場面がだいぶん変わりました。まず本当に馬車らしくなり、それはいいのですが、「ア、アルコー…」という例の場面がなくなってしまい、馬に餌だか水だかを与える時間が挟まるだけ。あれ面白かったんですけどね。
恒例の客席(沿道?)へのお手振りもあったし、山口さんとアルコ役の武岡さんが馬車に揺られてつんのめったりもしてるのは、やはり可笑しい。山口さんの歌は相変わらず健在で、嬉しかったです。

「モーツァルト!」というとやはり楽曲の魅力が大きくて、歌だけだと一番好きな演目かもと改めて思いました。ざっと並べただけでも「奇跡の子」「僕こそ音楽」「残酷な人生」「星から降る金」「ダンスはやめられない」「ここはウィーン」「影を逃れて」…。
さらに、ところどころに本物のモーツァルトの楽曲が使われてて厚みが増しています。今期一度しか観られないのは残念ですが、「モーツァルト!」しっかりと堪能しました。

「おまじない」

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◆2018年6月2日
「おまじない」(筑摩書房)
西加奈子

悩みを抱えている時にさり気なくかけられる言葉。
かける方はそこまで意識していなくても、ふとした言葉で流れが変わって救われることはある。そう、おまじないのように。
そんなお話を集めた短編集。

一番心に残ったのは「孫係」でしょうか。
大なり小なり、社会に迎合して生きている私たち。ところが本心を隠して周りに合わせることは疲れるし、人を自己嫌悪に陥らせる。
嬉しくないのに笑う。親に心配かけたくないために元気に振舞う。そして一人になると思わずため息。
そんな時に主人公にかけられたのが「係だと思いましょう」という祖父の言葉でした。
友達、子供、孫。係と割り切って役割を演じれば、辛くないはず。そもそも他者への優しさゆえに生じたストレスなんだから。それに、この種の悩みを抱えているのが自分だけではないこと、それを人生の先輩である祖父と共有できることが、彼女の気持ちを明るくしたということでしょうね。

著者の作品というと長編のイメージが強いけれど、シチュエーションが絞り込まれ、テーマがはっきりしているので、短編でもぐいぐい響いてきます。
本作は「言葉」が重要なキーワードとなっているところがいいと思います。なにしろ小説は言葉であるし、人の社会は言葉によって成り立っているので。
さり気ない日常感覚の中に、言葉の力が表現された本だと思います。
(2018年12冊目)

「大名茶人松平不昧と天下の名物」「お殿様の審美眼」

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○2018年5月
畠山記念館「大名茶人松平不昧と天下の名物」
三井記念美術館「大名茶人・松平不昧 お殿様の審美眼」

松平不昧は松江藩七代藩主で、江戸時代を代表する茶人。
不昧の没後200年ということで、今二つの展覧会をやっています。

まず畠山記念館。
雲州蔵帳では名物を「宝物」「大名物」「中興名物」「名物」「上」「中」「下」の七つに格付けし分類しています。
ここの展示では、作品にこの格付けを付しているのが面白いです。
最上ランクの「宝物之部」の最初に出てくる「唐物肩衝茶入 油屋」。豊臣秀吉、福島正則父子、柳営御物などを経て、不昧は冬木家から1500両で購入したそうです。
学芸員さんが「宇宙のよう」という景色、確かに複雑。明るい光の下で見たいです。
梁楷「猪頭蜆子図」、細川井戸、藤原佐理「離洛状」などが展示されています。このほか、当時の茶会記があって、現在文化財として有名な道具がばんばん出ているのがすごいです。
不昧の道具に関する心得としてこんなことが書かれています。
「油屋と圜悟(えんご)は茶会に用いるな」「大崎の蔵に置け」「火事に気を付けろ」「生きてるうちは自分が管理する」「天下の名物にして一人一家一国の宝にあらずと知るべし」
最後のを読むと、文化財に対する意識が江戸時代にすでに芽生えていたことに気付きます。

続いて三井記念美術館。
隠居後の不昧は、品川大崎の下屋敷の敷地に11もの茶室を作り、茶の湯三昧の日を送ったといいます。「茶の湯は稲葉に置ける朝露のごとく枯野に咲ける撫子のやうにありたく候」(茶礎)

有名な喜左衛門井戸や「無一物」は会期でなくて見られませんでしたが、玳玻盞天目「梅花天目」や九博の美しい油滴天目が見られました。
東京ではこの両美術館、根津美術館、そして東京国立博物館などに不昧好みの道具が多い気がします。
三井記念美術館の展示では、雲州蔵帳や古今名物類聚記載の道具に限らず、不昧自身の書や原羊遊斎や抱一、狩野惟信ら同時代作家の作品があって、こういうものに不昧の人となりを見ることができる気がします。原羊遊斎の蒔絵などは遠州の綺麗さびを思わせ、江戸時代の茶道の系譜が感じられるような気がしました。

「ゲティ家の身代金」

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○2018年5月27日
映画「ゲティ家の身代金」
予告編で面白そうだったので、映画「ゲティ家の身代金」を観ました。
1970年代。大富豪ゲティの孫ポールが何者かに誘拐されます。
1700万ドルの身代金の要求が、ポールの母親でゲティの息子の元妻のもとに。金を出してくれるようかつての義父に頼むゲイルでしたが、なんと拒否。
義父が派遣した交渉人とともに、犯人との孤独な戦いが始まるのでした。

実話を基にした話だそうです。
とにかく、このゲティ老人のケチぶりが凄すぎて。いや、ケチというのとは少し違うのかも知れません。
「ポールのために身代金を払ったら、ほかの孫でも払うと思わせてしまう」と語るゲティ老人。なるほどそういう考えもあるのかと思いつつ、一方で高価な絵画を買い漁ったりするのを見れば、この人の価値観は謎だなあと思います。
身代金を値切るだけではなくて、節税対策に利用しようとするところは、徹底し過ぎててかえって、ああと納得できたり。
かといって、孫を愛していないわけではないようで、時折挟まれる回想やお金を貸し付けする条件として孫をゲティ家に戻すことを迫るあたりは、この人なりの考えというのがあるのかもと思わせました。
そんなゲティ老人の終盤の心の動き、聖母子の絵への拘りは、私は理解できなかったです。必死にポールを助けようとする母の愛に打たれた?自分の母のことを思い出した?それとも絵が孤独を癒してくれる唯一の存在だった?うーん。
孫の身代金を渋る、このゲティ老人が一体どういう人物なのか、実は最後までよくわかりませんでした。実話ベースの話って意外とそういうものかも知れないですけど。

ちょっと視覚的聴覚的に見るのが辛い場面もありました。
また、この時代この国では誘拐が一種のビジネスとなってしまってるところが怖いです。
2時間ドキドキしっぱなしで、少しも退屈しなかったです。

「東十条の女」

◆2018年5月26日
「東十条の女」(幻戯書房)
小谷野敦

最初の短編二つが面白かったです。
「潤一郎の片思い」。ひそかに漱石に憧れていた谷崎が、ついつい「門」を批判したりしているうち、漱石が帰らぬ人になってしまった、という話。
「夏目先生に認められる」のが、谷崎の目標の一つだったのに!
一高ですれ違っても声を掛けられず、自信作の「刺青」についても何もコメントしてもらえず、文壇の集まりで行き合うこともなく。
何か反応してくれるんじゃないかと期待して「門を評す」を書いちゃったりして、素直になれない谷崎の気持ちが伝わってきます。
「細雨」。図書館勤めの若い女性が仕事を通じて感じる雑感あれこれ。中の人の側に立ってみれば、ああなるほどということばかり。
例えば、雨の日に少し濡れてしまった本が返ってきたら?とか。
そして図書館も、未知の体験、人との出会いの場所には違いなく、物語の生まれる場所でもあったのでした。
(2018年11冊目)

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