千両過眼

東京在住の会社員の男性です。読書、舞台、展覧会の感想などを書いています。

宝塚宙組「王妃の館」「VIVA!FESTA!」

126f1294.jpg
●2017年4月21日
宝塚宙組公演
ミュージカル・コメディ「王妃の館 -Chateau de la Reine-」
スーパー・レビュー「VIVA! FESTA!」(東京宝塚劇場)
出演:朝夏まなと 実咲凜音 真風涼帆 澄輝さやと 凛城きら 愛月ひかる 桜木みなと 彩花まり 伶美うらら 和希そら 星風まどか

経営難の高級ホテル、シャトー・ドゥ・ラ・レーヌと日本の旅行会社が企画したパリツアー。しかし、このツアーは昼夜で宿泊客を入れ替える、悪質なダブルブッキングツアーなのでした。
からくりを見破った小説家の北白川右京。スランプから脱却すべくツアーに参加していた彼が館で見たものは…。

右京役を朝夏まなと、旅行会社の社長兼ツアコン玲子役を、実咲凜音がつとめています。
愛月の不動産王、星風まどかの愛人、澄輝の警官、蒼羽のおかまちゃん、凛城、彩花の窃盗夫婦、すっしーの訳あり経営者…ツアー客たちが抱える様々な事情が絡み合って物語が展開。
セリフで笑わせるところが多かった印象。古めかしいかつらネタも、愛月の関西弁で言われると新鮮。玲子の部下役、桜木みなとは泣きの演技が見もの。
まぁさまは、とにかくかっこよかったですね。セレブで自信満々、横柄。ピンクとも赤ともつかないジャケットに、ゲゲゲの鬼〇郎のような髪型が似合ってる。
そういえば、実咲の方もありえないでしょ、というようなデザインの服装ながら、これも似合ってて不思議。二人のバランスなんでしょうね。
実咲は「エリザベート」のときはバタバタした印象でしたが、こっちの自分を出していく役の方が断然合っていると思いました。
存在感あったのが、ルイ14世の亡霊を演じる真風涼帆。とにかく貫禄十分!そして「倒産したのは余ではない」のギャグも見事に決まった!
朝夏・真風のやりとりは、両者張りのある声で気持ちよかったです。
朝夏と実咲の歌の「ひとり歩く道は、まるで主人公のいない小説」というフレーズがいいですね。心に隙間を抱えた右京と玲子の心情を、二人の仕事「旅」と「小説」から導き出すところが素敵でした。最後にちゃんと二人の関係にもつながっていき、宝塚では歌のための歌というか、これ、いらないんじゃと思える歌も多いけれど、この歌は効いていたと思います。
ラストの、ルイ14世とディアナの再会にはちょっと感動でした。

ショーは「VIVA!FESTA!」。
牛追い祭りのところが面白かったです。蒼羽りくの迫力とまぁさまの優雅な所作が対照的です。
YOSAKOIの銀橋での伶美うららが、長身で顔が小さくて目立ってて、いつものイメージと違い威勢のいいお姉さん、という感じでした。
伶美はロケットでも活躍。個人的にはロケットに上級生が入るのは好きではないんですが…。
終演後、朝夏まなとの挨拶がありました。

特別展「茶の湯」

5aee0ac2.jpg
○2017年4月
特別展「茶の湯」(東京国立博物館)

東京国立博物館で開催中の「茶の湯展」に行きました。
37年ぶりの開催とのことで、名品が集められています。館内は大混雑で、とくに小さい茶器や茶碗を見るときは毎度行列に並び直さなくてはなりません。
何だかんだ言ってこれだけの人が集まるのだから、茶道人口ってすごいんだな、と思いました。

室町時代の唐物中心から、珠光や紹鴎の侘び茶、利休による大成、そして江戸時代の織部や小堀遠州、近代数寄者と、時代を追って茶道の歴史を俯瞰するものとなっています。
東山御物や厖大な数の茶道具。その中にはこれまでに目にしたものもあれば、初めて見るものも。
たとえば牧谿の「観音猿鶴図」。等伯がこれを本歌として「竹鶴図屏風」を描いています。
隣の玉澗「廬山図」は好きな絵。佐久間将監により裁断されています。なんてことを!と思いますが、これ一幅で掛物として成立しているところを見ると、絶妙な切り方ではあります。根津美術館で裁断前の写しを見たことがあります。
「馬蝗絆」も久し振りですが、鎹を打った姿と裏腹に、爽やかな印象。龍泉窯青磁に混じって展示されている南宋期の「下蕪花入」が、ちょっと見たことがないような美しい色で。
呼び物の一つとして今回、静嘉堂文庫の曜変天目(稲葉天目)が出品されているので、人だかりがしていました。ここのはやっぱり派手。珍しいものではありますが、まるで顕微鏡を覗いているような気分。

場所が違えば印象が違ってくると見え、何度も見たはずの「卯花墻」は、記憶では白っぽい感じだったのが、火色やひびの景色に味わいを感じました。独立したケースなので、全方位から見られるのもいいです。
楽茶碗は、「俊寛」のほか「無一物」「ムキ栗」など長次郎が並びます。私のイメージでは、長次郎は重くて厚い土の塊、だったのですが、思いのほか軽やかで。いつの間にかされていた脳内変換を修正しました。
「破袋」などは、逆に以前見たイメージのまんまの超重量級だったのですが。
利休の「横雲の文」にある「橋立の茶壺」。利休切腹直前、大徳寺に宛てて「この茶壺を誰にも渡さないで欲しい」と依頼したもの。ああ、これがあの、という感じです。銘は小式部内侍の「大江山いくのの道の遠ければまだふみもみず天の橋立」から。
会場内に古田織部の茶室「燕庵」が再現されており、撮影可だったので撮りました。三畳台目で相伴席が付いています。
cc0d1c48.jpg

ちょうと庭園解放中でもあり、小堀遠州の茶室「転合庵」が公開されていました。
本館で、当麻寺奥院蔵「倶利伽羅龍蒔絵経箱」や、新重文指定の「割高台茶碗」などを大急ぎで見て回りました。

「屏風にあそぶ春のしつらえ」(後期展示)

47dfbf5d.jpg
○2017年4月
「屏風にあそぶ春のしつらえ 茶道具とおもてなしのうつわ」(後期展示、泉屋博古館分館)

泉屋博古館の展覧会、後期展示。
桜の季節が終わると、この辺りは新緑がまぶしいです。同じ春でも、桜の頃とはすっかり気持ちも変わるのが不思議。

新展示の「柳橋柴舟図屏風」。おなじみ宇治橋と柴舟、蛇籠、水車という古典モチーフ。17世紀に描かれた懐古的な作品だそうです。
宮川長春の遊女図巻が別場面に変わっていて、こたつに入っている遊女たちが描いてある。煙管をくわえたりして寛ぐ遊女。火鉢と違い、こたつを浮世絵で見るのは珍しいかも。
そして、見飽きない「二条城行幸図屏風」。
沿道には行列そっちのけで盛り上がる群衆たち。
鑑賞者の目はどうしても左隻左上の帝の鳳輦に向いてしまいますが、群衆がそうでもないのが不思議なんですよね。絵が画面右上方から俯瞰する構図で、群衆の視線はほとんど斜め前を見ているのみなので、行列と見物客は別々に描かれたのでは、という感想をもちました。
上の写真は絵葉書より(部分)。

このほか面白いと思った展示がいくつか。
まず、「陰陽貝椿蒔絵香合」。イタヤ貝という平たい貝に朱漆を塗り、椿の高蒔絵を施したもの。
大正期、象彦の「三色刷毛目塗雪月花縁高」。お茶席に使う赤、黒、緑の縁高の蓋裏に、雪、月、花を別々に蒔絵したもの。円相のような月の中に「くもりなき月は世界のかがみかな」の句が書かれています。
以前見て気に入った望月玉渓の「白コウ孔雀図屏風」が展示されていました。
金泥や砂子の金地に、雌雄の孔雀が写実的に描かれています。
孔雀は真っ白で神秘的、レースをまとった貴婦人のような佇まい(雄だけど)。牡丹や桜が描かれてるので、これは春の絵だったのだなと分かりました。
今回絵葉書もあったので、喜んで買いました。(下の写真。部分)

9caa2b01.jpg

「今ひとたびの、和泉式部」

33c82a61.jpg
◆2017年4月18日
「今ひとたびの、和泉式部」(集英社)
諸田玲子

和泉式部については、百人一首に採られた歌、
 あらざらむこの世のほかの思ひ出に今ひとたびの逢ふこともがな
など有名な歌がいくつもありますが、感情のままに詠んだような歌が多くて、私には難解です。
同じように分かりにくい彼女の人生を、同時代に生きた赤染衛門の娘、江侍従の眼を通して追っています。

冒頭描かれるのは、和泉式部を偲んで赤染衛門が開いた「蛍を観る会」のもよう。
集まった者たちは、この歌は誰が贈られたものだとか、こういう歌もあるとか、自分の縁者と式部の恋愛について言い立てる者ばかり。それぐらい彼女の人生は幾多の恋に彩られたものでした。
一方で、式部の一生には謎も多く…。
生前の彼女の真実が何処にあったのか、江侍従が調べ始める、という内容です。
習慣も価値観も今とは違う平安時代。当時「浮かれ女」と評された式部が、何をどのように考え、行動していたのか。
本書は、記録や伝承の間隙を埋めることで、式部を懸命に生きた一人の女性として描いています。彼女が「不運にも恋を失い、そのたびに未練を歌の中に棄ててまた次の恋に向かって」(作中より)いく、その繰り返しだったという部分に頷けました。

本書の後半は、ミステリー風味を帯びています。
行成の日記や、最後の恋の相手という頼信と二番目の夫、保昌をめぐるいきさつ。予想もしなかった展開に頁をめくる手が止まりませんでした。
物語全体に、時の権力者道長の影がちらついています。
「水面下でいかに陰謀を練ろうと、身勝手さや斑気がときに非難を浴びようと、天性の爛漫さを損なうことはない」と作中書かれ、式部もついつい見惚れてしまうという道長。
当時の狭い宮廷社会の表裏全てに通じ、誰と誰が恋愛関係にあり、誰が子を産み、というようなことまで自分の利益のために使ってしまう道長との関わりが、時代背景を見事に表していて、作品に陰影を与えているように思います。

写真は、作中にも出てくる石山寺で撮りました。
(2017年14冊目)☆☆☆☆

「ミュシャ展」

ceaea596.jpg
○2017年4月15日
「ミュシャ展」(国立新美術館)

ミュシャ展というより「スラヴ叙事詩展」といってもよさそうな展覧会。入るとすぐに「スラヴ叙事詩」全20作が並んでいます。
その巨大さたるや、それぞれがビルの2階ぐらいありそう。おかげで大混雑の展示場でも遮られず、よく見えました。

これらを見て思うのは、スラヴ民族の栄光と艱難の歴史です。
1作目は「原故郷のスラヴ民族」と題されていて、怯えた目をしてうずくまる、スラヴ人の二人の祖先が描かれています。
傍らに立つのは防衛、平和の擬人像に支えられた司祭だそうです。後ろに見えているのが、スラヴ民族を脅かす異民族か。
他のヨーロッパ絵画とは異質の原初的風景が感じられるのは、キリスト教以前だからでしょうか。してみると、この絵は光が世に来る前の世界なのかも。
星空が幻想的に広がっています。
宗教対立や戦争、さまざまな文化の萌芽、連作で劇的に描かれる民族の歩み。
どの絵にも共通して出てくるのが正面を向いた人物像で、じっとこっちを見つめてくるのが印象的。
スラヴというと私達から遠い国々のイメージがある上、寓意や象徴的モチーフのオンパレードで、正直何を描いてるのか解説を読まないと把握できませんが、切実な祈りのようなものは感じられました。

ミュシャというと、パリ時代のアールヌーボーの作品の方がなじみ深いです。
今展でいうと「四つの話」「四芸術」や、サラ・ベルナールのポスター類がそれ。
何と言っても目に美しく、気持ちいい。現代のデザインや漫画への直接的な影響も感じられ、本当はこっちの方をもっと見たかった。
この後ボヘミアに戻り、「スラヴ叙事詩」と平行して、祖国と民族のためにさまざまの作品を手掛けています。明らかにアールヌーボー時代とは志向も性格も違い、メッセージ性が強く感じられました。
いつの時代も、政治情勢や民族意識と芸術は不可分のものと思われますが、とりわけミュシャの場合、国家や民族意識との関わり方が特別なものであることが、よく分かる展覧会でした。

「あきない世傳金と銀〈三〉奔流篇」

◇2017年4月13日
「あきない世傳金と銀<三>奔流篇」(ハルキ文庫)
高田郁

「あきない世傳」の三巻目。
店を傾かせた挙句、四代目徳兵衛が頓死。幸は、幸を娶ることを条件に五代目就任を承諾した次男・惣次と祝言を挙げることに。
五鈴屋を大店にするために力を貸してほしい、と惣次に言われた幸は…。
(以下、ネタバレあります。未読の方はご注意ください)

最低男の四代目の次は、あの冷酷な乱暴者の惣次が相手かあ、と思っていたら、案外優しくて働き者、幸を頼りにしている様子も見え、これはもしや商売好き同士、力を携えてうまくやっていくのかも、と思いました。
幸の宣伝のアイディアを形にしたりと、確かに最初は幸の考えや個性を尊重し、夫婦関係も良好かと思われたのですが、徐々に疑問符が。そして…。
ああ、やっぱり!という感じでした。

それはそうと、不思議なシリーズです。
前作「みをつくし」は、主人公・澪の奮闘する姿を見て思わず応援したくなる、そして周囲の人たちの人情に思わずほろりとさせられる、という内容でした。
この「あきない世傳」はどうだろうか。
澪と違い、幸は自分から何か行動を起こすということはなく、与えられた境遇でじっと考え、目の前のことに賢く対処することで難局を乗り切っていきます。
幸から感じるのは、自分の夢を形にしたいという強い思いですね。それは「商いの戦国武将になる」こと。
「自分が先陣を切って戦い続け、いつの日か、女衆であっても商いに関わることのできるような道筋を整えられたら」(作中より)と考え、その大きな目標のためには、大抵のことに目をつぶる忍耐強さを持っている。
でも、それって見ていて楽しいだろうか。私個人は、喜怒哀楽に素直に従う主人公の方が好きです。同様に、周囲の人物たちも打算的な人が多くて好きになれません(例外は前・ご寮さんの菊栄ぐらいですかね)。
一方で、この作品のジェットコースター的展開には興味があります。
そういうわけで、登場人物に共感はしないけれど、次作が結構楽しみという状況が生まれてくるのです。(2017年13冊目)

「オペラ座の怪人」(横浜公演)

05ab1d31.jpg
●2017年4月9日
ミュージカル「オペラ座の怪人」(劇団四季,KAAT横浜芸術劇場)
出演:佐野正幸 山本紗衣 神永東吾 河村彩 小川美緒 早水小夜子 増田守人 平良交一 永井崇多宏 深見正博 中村伝 橋本聖地

横浜で開演中の「オペラ座の怪人」を観に行きました。
東京公演以来、約4年ぶりです。
幕開き、ゆらゆらとシャンデリアが上がっていくのと同時に時間が遡行して、古いオペラ座が甦るところから鳥肌ものでした。
やっぱり、オペラ座いい!隣県ということで、チケットをいつものペースで取ってなかったことが悔やまれます。

クリスティーヌが「スィンク・オブ・ミー」を硬い感じで歌い始め、途中から劇場いっぱいに歌声が広がっていく感じが好きです。
日生のように三方に座席のあるクラシックな劇場で、雰囲気も演目に合っているような。
この日のファントム役は、佐野正幸でした。
圧倒的な歌唱力で場を支配する高井ファントムともまた違い、佐野ファントムは独特のウェット感で、クリスティーヌへの愛情を感じさせる造形。
始めはクリスティーヌと蜜月的な関係にあったのが、ラウルの登場以降、嫉妬に狂って醜い人間性をさらけ出す、ファントムの弱さみたいなものが胸を打ちました。

山本クリスティーヌ、神永ラウルとも私は初見ですが、どちらもさすがの歌上手で、安心して観られました。とくにラウルは、最初この凛々しい役者誰?と思って、ああ神永さんだ、と。扮装で感じが変わりますね。
他の出演者は、前回東京公演からの続投の人が多かったです。
支配人達やピアンジ、ブケー。河村彩さんのカルロッタは、ぷんぷん怒ってるかと思うと、おだてられて機嫌を直したり、表情豊かで素敵です。
今回カルロッタの「スィンク・オブ・ミー」が節回しを誇張した、持って回った歌い方になりました。
他にもいくつか演出変更らしきところが。
一幕終わりの屋上では、怒り狂ったファントムが避雷針みたいなものに登っていますが、前はこうじゃなかったと思うのですが。
「墓場」で、クリスティーヌがふらふらとファントムの元に戻って行きそうになる場面。歌い交わす二人のところに、突然ラウルが走ってきて、横からかぶせて歌い出したので混乱しました。
耳がそれを受け入れられず、何を歌っているのか3人とも聴き取れなかったです。
その前のクリスティーヌの歌の末尾「どうぞ与えて、力を」がリフレインに。
この場面は、どっちも前の方が好きだったのになあと、少し残念でした。

ラストの隠れ家での対決は、いつもはラウルの立場でハラハラ観てしまいがちなのですが、今回は、ファントムの哀しみが心に残りました。
絶対者として君臨していたファントムの弱々しく矮小な姿。愛情を注いできた相手に「醜いのは顔ではなく心」とまで言われてしまって…。
それでも、最後までクリスティーヌへの愛を感じさせるのが、佐野ファントムでしたね。
この場面、ファントム、ラウル、クリスティーヌ三者三様の心の中が、繊細に表現されていて、張り詰めた緊張感がびんびんと伝わってきました。

写真は以前、丸の内のイベントで撮った仮面とスコアです。

サントリー美術館「絵巻マニア列伝」

8ca6db25.jpg
○2017年4月6日
六本木開館10周年記念展「絵巻マニア列伝」(サントリー美術館)

サントリー美術館の「絵巻マニア列伝」は、日記などに記された絵巻マニアたちの蒐集態度を通じて、絵巻の魅力を探ろうという試みです。
この企画自体とってもマニアック!
展示室には、有名無名含めた絵巻物が並びます。
「春日権現験記絵」や「玄奘三蔵絵」「当麻寺縁起」。「桑実寺縁起」というのは初めて知りました。「伴大納言絵巻」は、そっくりな複製。
こんな絵巻尽くしを見るのは初めてかも。

今展で「マニア」と紹介されている人たちは、いずれも錚錚たる顔触れ。
まずは後白河院。
後白河院が蓮華王院(三十三間堂の本堂ですね)宝蔵に集めたコレクションが、のちの絵巻愛好家たちの憧れとなり、スタイルを真似たり模写されたりしています。
ほか花園院、後崇光院・後花園院父子、三条西実隆、足利将軍家、松平定信。源実朝もやはりマニアで、京都で絵巻を制作させて鎌倉に運んだとか。
比較的小さいサイズで持ち運びができ、美しい大和絵絵巻は、確かに蒐集欲をかき立てたことでしょう。
それぞれの時代に絵巻を愛する人たちのグループがあって、持っている絵巻を貸し借りしたりしているのは、トレーディングカードの交換会みたいなものか。絵巻は一点ものだから貸し借りするか、模写するしかなかったのですね。

今展で惜しむらくは、ほとんどの絵巻が途中のごく一場面しか見られないこと。続きが見たくとも、巻かれてしまっているので見えません。果たして巻き替えはあるのでしょうか?
それでも、紫式部が琵琶湖に映る月影から源氏物語の着想を得る、「石山寺縁起」の有名な場面が見られました。
写真は絵葉書より(谷文晁による模写)。本物では、紫式部の視線の先に琵琶湖が広がっています。
昨年、石山寺で源氏の間というのを見たので(紫式部の等身大人形が置かれててがっかりでしたが)、頭の中でイメージがつながりました。
ad60b9a7.jpg

「岩佐又兵衛 山中常盤物語絵巻」



2017年4月2日
「岩佐又兵衛 山中常盤物語絵巻」(MOA美術館)

このほど新装オープンしたMOA美術館で「岩佐又兵衛 山中常盤物語絵巻」展を観ました。
「山中常盤物語絵巻」は、義経の仇討ち物語が題材の絵巻物。
又兵衛作品の特徴である豊頬長頤の人物、粘着的な状況描写。保存状態がよく彩色も鮮やかで、往時の姿を留めています。

この絵巻のところどころに見られる生々しさには、少々引いてしまいます。
よく酒呑童子の絵などで、現代人から見ると残酷に思える描写がありますが、今とは受容の感覚が違うんでしょうね。
義経もの御伽草子の系譜ということで、勧善懲悪的なヒーロー譚であると同時に、霊験や忍術めいた技(霧を出して目眩ししたりとか)も登場します。
ところで、こういう作品って、誰のどういう注文で描かれるんでしょうか。
戦国の遺風も薄れつつある江戸前期、文化の担い手が公家、寺社から大名などに移り、その時にやはり儒教的なヒーローものが好まれたということでしょうか。
「光信末流」を標榜していた又兵衛、この絵巻にも狩野派の影響なども見られつつ、やまと絵としての伝統も感じました。

展示リストをもらい忘れたので、印象に残った作品を備忘録的に書いておきます。
又兵衛作品ではほかに「人麿・貫之図」「自画像」「寂光院図」「官女図」。又兵衛作品によくある霞引きが用いられた「伊勢物語図」。
仁清のおなじみ「藤花文茶壺」。平安後期作、定朝様の阿弥陀如来像。
近現代絵画では、深山の空気が感じられる川合玉堂「深渓朝爽」。
厳島神社の高舞台での雅楽奉納を描いた前田青邨「伊都岐島」。これが自然に視線が上に上がっていくように描かれていて、画面にはない海上の鳥居が思い浮かびます。

今回のリニューアルで展示ケースのガラスが新調され、ライトの反射や人物の映り込みが全く気にならなくなりました。これはすごいことだと思います。

宝塚月組「グランドホテル」












⚫︎2017年3月25日
宝塚月組公演
ザ・ミュージカル「グランドホテル」
モン・パリ誕生90周年  レヴューロマン「カルーセル輪舞」(東京宝塚劇場)
出演:珠城りょう 愛希れいか 美弥るりか 宇月颯 早乙女わかば 朝美絢 海乃美月 暁千星

様々な人生が交差する場所、ホテル。
今回の月組公演では、ベルリンの高級ホテルを舞台にした人間模様が描かれます。
借金まみれで、ホテルの宿泊費も払えない男爵フェリックスは、マフィアから脅され、ずるずると目の前の悪事に手を染めています。
彼と関わるのは、自分探しにやって来た体の弱いオットー、夢を持ちながら現実から抜け出せないタイピスト・フラムシェン、かつての名バレリーナで、今は往時の面影もないエリザヴェッタ。
彼らとフェリックスが出会い、そしてちょっとずつ時が流れていくさまを、ホテルはじっと見つめます。

新トップの珠城りょう演じるフェリックスが、自分で意図したわけでもないのに、人生に苦しむ者たちに、少しずつ救いや希望をもたらす話。
というのは観終わってから気付くことで、初めはどんな話だか、よく解らなかったのですが。
はっと思ったのは、ネックレスを盗みに入ったエリザヴェッタの部屋で、二人が鉢合わせしてしまうところ
とっさにファンだと嘘をつくフェリックス。この時ぱっと表情が華やぐエリザヴェッタ印象的でした。
やがて彼はネックレスを盗みに入ったことを告白し、二人は恋に落ちてしまいます。
そういう、悪になりきれないだけではなく、ついつい意識せずともとっさに相手の心に寄り添ってしまう魂の善性みたいなもの。これが珠城の演技から自然ににじみ出ていました。

このパターンの群像劇は、現代の私たちから見ると特に珍しいわけではないだけに、その成否はフェリックスと関わる人物たちにかかっていると思います。その意味で、エリザヴェッタ、オットー、フラムシェンを演じる人は大変です。
エリザヴェッタ役の愛希れいかが素晴らしかったです。元世界的バレリーナ、しかし今は凋落し、自分のカンパニーにギャラも払えない。
誇りは傷つき、年齢的にも衰えを感じて心に屈託を抱えている。彼女がフェリックスとの出会いによって、忘れていた、人を愛することと、それに伴う芸術的感興を呼び覚まされる。
決してやって来ない年下の恋人を、目をキラキラさせながらベンチで待つ姿に泣けました。今まで「1789」などの声の綺麗な娘役、というイメージしかなかったのですが、彼女の芝居心に胸打たれました。

オットー役の美弥るりかは、病弱で気弱な演技が程よく、安心して観られました。幅広く演じられ、何をしても目を引く彼女の個性は、月組の武器だと思います。
この日のフラムシェンは海乃美月で、軽さとしたたかさ、でも一面で真面目なところが、表現されていたと思います。このような一言で言えない役は面白いですね。そして、足技も素晴らしい!
三人がそれぞれの役をきっちり、ストーリーに埋没せず演じていたので、全体がバランスよく、珠城の存在感を際立たせました。フェリックスが消えても、それぞれの人生が(しかも、この時代のベルリンで! これからも続いていく、というのが心に残るラストでした。
役の少ない芝居ですが、多くの場面で生徒たちが壁、あるいはホテルという集合体そのもののように、また時代の目のように、舞台上でじっとフェリックスたちを見つめる演出が不気味でもあり、面白いとも思えました。
回転ドアですれ違うエリザヴェッタと珠城の場面が素敵でした。ここで終われば良かったのに、唯一不満だったのは、再度幕が開いた後の二人のダンスですね。完全な蛇足に思えました。前の場面の余情が台無し!と思いました。

ショーはモン・パリ90周年「カルーセル輪舞」。
「モン・パリ」の歌が流れるたびに、かつての宙組「レヴュー伝説」が頭をよぎったのだけれど、あれはもう10年以上前になるのでしょうか。
幕開き、巨大な回転木馬のお馬さんが4頭。馬たちは用のないときは舞台の端っこや上の方に片付けられています。一度、オペラでジェンヌを見ようとして、このラメの入った白い足は誰だろうと思うと、この馬の脚だったので、びっくりしました。
今回、新トップ珠城りょうのお披露目でしたが、退団者もいるしで一期一会的な感じのショーでした。珠城の朗らかな大きさで、組全体の色も変化しつつあるという感じを受けました。
愛希れいかのアメリカのダンスや、ブラジルのサンバステップの凄まじさに見とれました。
男役のダンスでは、メキシコのオラオラが、いつもより3割がた増量でお得な感じ。
時々目の前を横切る素敵な男役さんは誰?と思っていたら、朝美絢でした。これまでの公演ではノーチェックだったのに、ジェンヌさんはいつも急に気になり始めるから不思議です。
黒燕尾はしずしずと格調高く「モン・パリ」。かつての花總まりさんのダルマ姿もまぶたに蘇ります。
モン・パリ90周年、そして100年の時を紡いできた歌劇団の歴史への敬意が感じられて、いい黒燕尾だったと思います。

貸切公演だったので、終演後、新トップ珠城りょうの挨拶がありました。
「三井住友VISAカード様、並びに宝塚歌劇団」というべきところ、あろうことか「宝塚歌劇団」を噛んでしまって(笑)。
「強調しようと思うと噛んでしまうんですね」と言いつつ、「宝塚歌劇団、その中でも特に月組を」と力強く言い直しました。
これから作り上げていく新生月組を担っていく責任感を感じました。
記事検索
最新コメント
  • ライブドアブログ