◆2017年10月7日
「AX アックス」(KADOKAWA)
伊坂幸太郎

「最強の殺し屋はーーー恐妻家」帯の惹句では、主人公・兜(かぶと)の属性として「殺し屋」とともに「恐妻家」という言葉が出てきます。確かに、兜が妻に接するときの身構え具合、気の使いようは生半可ではありません。
妻を起こさないため、遅く帰った時の夜食を、開ける時に音のしない魚肉ソーセージに決めているほど。
夫婦の様子を見ていて、息子が父親に同情を寄せてくるのが可笑しい。

読み進むにつれ、兜の「恐妻家」の属性は、彼の過去や現在すべてと連結していることがわかります。
彼の仕事は、クリニックを装った黒幕から指示を受けて、「手術」つまりターゲットの殺害を行うこと。見ず知らずの相手を殺すことにためらいを感じ始めている彼は、一日も早い平和的引退を願っています。
理由はもちろん、彼が奇跡的に持ちえた平穏な家庭です。
子供の時から人生の裏街道を歩いてきた兜にとって、妻と子の存在はその人生観を一変させ、まさに殺害を行おうという場面でもターゲットの家族のことを考えてしまうほど。
兜の妻とのやり取りや心境描写(妻の発言にどうリアクションするべきか、いかに裏メッセージを込めずに会話するか、など)のシリアスさには思わず笑ってしまうのですが、そこには独特の空気が流れています。
彼の「恐妻家」は、単に怒られないために妻の機嫌をうかがう、ということではなく、妻に気を使うことのできる平和や幸せを目一杯享受している、というふうに見えるのです。
思いがけず愛情を注がれたならず者が改心して善人になるのに似ています。いや、善人にはなっていないのですが。

手に入れた平和な家庭、そして妻と子を守るために、兜は敵と戦うことを決意します。ここからは正直、予想外の展開でした。
これまでの著者の「殺し屋もの」はひたすら殺伐としていて好きではなかったのですが、本作は読み終わって、心にほんのりと暖かいものが残りました。
兜が命を賭して守ったもの。遡って妻との出会いを描いた、最後の章が印象的でした。
(2017年37冊目)
☆☆☆