◆2017年10月14日
「命売ります」(筑摩文庫)
三島由紀夫

私が考える三島らしさと、らしくなさ。これが混在しているように思えました。
ある日、読んでいた夕刊の活字がゴキブリに変じて逃げ散ってしまうのを見て、生の無意味さに気付いた羽仁男。自殺を図るも死に損ね、「命売ります」という広告を新聞に出します。
羽仁男の命を買いに、様々な人が現れます。

いくつかの短編のうち印象深かったのは、吸血鬼の話です。
なぜに吸血鬼?という説明はここにはありません。そういうリアリティは問題ではないのです。寓話ということなんですね。
羽仁男の命を買った少年から頼まれ、羽仁男が同棲し始めた美しい母親。彼女は吸血鬼で、生きるために人間の血を吸わなくてはなりません。
ひっそりと静まった館の中で、彼女と夫婦のように暮らしているうちに、羽仁男は生きることの幸福を感じ始めます。
貧血が進んでどんどん憔悴する羽仁男、対して女には生気が漲っていく。いわば反比例する関係。
血を吸われ続けた果てにはもちろん死が待っています。生の究極の死。

退廃の香りを漂わせてデカダンという言葉が浮かんでくる一方、綺羅星のような代表作から比べると、たいへん通俗的。でも皮肉や逆説が時折顔を出すところは、やはり三島。
後半特に、まっしぐらに形而上的な死に向かっていた羽仁男のベクトルが、他人から死を強要され、命を狙われているうちに、いつの間にか生への強い執着に変わっているところ、人間心理の綾が描き出されています。
(2017年38冊目)