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●2019年8月
ミュージカル「エリザベート」2019年4回目(帝国劇場)
出演:愛希れいか 井上芳雄 田代万里生 木村達成 未来優希 涼風真世 成河 植原卓也 原慎一郎 松井工 秋園美緒 真瀬はるか

「エリザベート」今季4回目。
今回は帝劇出演後、初の愛希シシィ。宝塚時代にシシィを演じた時に、非常に完成度が高かったので、期待していました。
冒頭の少女時代は全く違和感がありません。元々男役をしていたぐらいだから背は高い方だと思うのですが、そういうの関係ないんですね。仕草や表情、身ごなしの軽さ。ほんとに可憐な少女に見えました。
歌も踊りも上手い人なので、もちろんそちらも問題なし。
踊りといえば、度肝を抜かれるようだったのが、結婚式から「最後のダンス」に至る振り。舞踏会のダンスから、いつのまにかあちらの世界に迷い込み、トートと踊らされる、というくだり。
まず、トートダンサーたちにふわっふわっとリフトされて移動していくのが人形のよう。これ、ダンサーたちも含めて、見る天国やる地獄ってやつですよね。でも愛希シシィの場合ここで終わらない。歌が始まりトートが下りてきて激しいダンスが始まりますが、この時自分の意思に反して踊らされている、それがすごく伝わるんですよね。見方を変えると、トートが指先もしくは意思だけでシシィを操ってる感じで、トートの帝王っぷりも二割がたアップする気がする。
これを感じたのは初めてのことで、すごいことだと思いました。

愛希シシィ、場面場面の演技も適切で、一幕はラストの鏡の間含め全般的にとてもよかったと思うのですが、惜しむらくは後半がもったいない気がします。一場面一場面では気にならないのですが、流れとして見ると、「18年経った」以降のコルフ島、ルドルフの死、夜のボートと、帝劇版のシシィ役としては老い、孤独、諦念といったものをもっと突き詰めて欲しいところです。
愛希れいかはキャラ的には陽性だと思うのですが、個人的には、ここはもう一歩ネガティブに振った方が、死によって初めて自由を手に入れる、というラストに共感できる気がします。

この日のトート役は井上芳雄。前回も感じましたが、シシィの陰に寄りそうトートですね。人間味を極力排して、善でも悪でもなく厳然とそこにある、という感じが、死というものの解釈を井上流に突き詰めていると思います。そういう意味で3年前の前回公演より深みが増したように感じます。
井上トートは古川トートとも山口トートとも違っていて、この役は演じる人によっていろんなトート像があるのが面白いと思います。
皇帝フランツ役は田代万里夫でした。気品があり愛情深い、安定のフランツです。
ゾフィーは涼風真世で、怖い姑感が前面に出ています。個人的には、王室の義務を重んじる余り、結果意地悪に見えてしまう、ぐらいの方がゾフィーとしては好きなのですが、嫁姑問題っぽく演じるのが主流ではありますね。でも、「二人は引き裂けない」とフランツに言われてショックを受けるところを見ると、ゾフィーの意識上はあくまでも皇后教育と思っていたのかも知れませんね。

物語後半はとくに、エリザベートの闘いにヨーロッパ市民社会の変容と民族主義の台頭、迫り来る世界大戦前夜の動きが重ねられ、語られます。
エリザベートの死へと向かう内面的な展開とハプスブルク帝国の終焉が、死や滅びの具象化であり歴史の道標的な存在ともいえるトートによって、結び付けられているといえるでしょう。私がこのミュージカルに惹かれるのはまさにそのようなところで、観るたびになんて文学的なんだろう、と思うのです。