○2021年5月3日
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ビデオに撮っていた「ぶら美」の「与謝蕪村『ぎこちない』を芸術にした画家」を観ました。
以前から蕪村の絵独特のおかしみがどこから来るものだろう、と不思議に思っていたので、興味深い内容でした。
展覧会では、蕪村の絵の妙味を「ぎこちない」という言葉で表現しています。「へそまがり日本美術」(2019年)の美術館、面白い着眼点と思いました。

洒脱、飄逸なおかしみが表れている自画賛。絵と句が互いに響き合う機知が持ち味です。
「涼しさに麦を月夜(つくよ)の卯兵衛哉」では、蕪村が見かけた麦を搗く村人を、月夜の兎に見立てています。
学芸員さんがゆるキャラのような卯兵衛兎を「子供ではなく、大人が感じる可愛さ」と言っていました。なるほどひとことで可愛いといっても、そこにはいろんな要素があることを考えてみるべきかも知れません。

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白箸翁図(部分)
一方、山水画や人物画は、俳画の洒脱さ、飄逸さとは違い、まさに「ぎこちなさ」がよく表れています。
白箸翁の絵、パーツで言えば確かに「頼りない線、素朴な描写」といえますね。蕪村はわざとこのように描くことで、ある効果を狙っていた、という言葉に頷けました。
番組では「野馬図」も紹介されていました。南蘋派の影響が見て取れる絵で、その気になればこのような「巧みな」絵を描くことができたことがわかります。
蕪村は中国の文人画を意識しており、あえて技術の高さよりも文人的高雅さを表現するためにこのような描き方をした、というのは鋭い指摘だと思います。
私は蕪村の絵のこのような描写の仕方は、俳諧の影響もあるのではないかと思います。限られた字数の中で直截的、印象的な要素を組み合わせて機知やおかしみを表現する俳諧。蕪村の「ぎこちなさ」の表現は、その感覚の中で生まれた技法なのではないか。

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富嶽列松図(部分)
蕪村の代表作は京都に移り住んだ後半の時期に集中しています。
今回の展示にある「富嶽列松図」や「鳶鴉図」は、この「ぎこちなさ」の技法の追究によって、高い精神性にまで到達した作品といえるでしょう。
当時の京都では、応挙や若冲が活躍しており、中国や西洋絵画の影響も受けながら独自の画風が発展しました。狩野派とは違う市井の絵師である彼らの、様々な個性や多彩さを受容する土壌があったのだろうと思います。
今回の展覧会、緊急事態宣言が発出されたために会期途中で中止になったのは、かえすがえすも残念です。これまでの蕪村展とは一味違った切り口だっただけに、できれば美術館に足を運んでみたかったことでした。