◆2022年5月
「マイクロスパイ・アンサンブル」(幻冬舎)
伊坂幸太郎

「おうちに帰るまでが任務です」「松嶋君って、エンジン積んでないよね」
印象的なフレーズで物語は始まります。
「重力ピエロ」の書き出しが有名ですが、この作者の言葉のセンスは、のっけから読者の心をつかみます。

この作品は、年に一度、猪苗代湖で開催される音楽&アートイベントで配布される小冊子向けに書き継がれた短編をまとめたもの。
舞台は猪苗代湖。社会人になったばかりの青年と、いじめっ子から逃れてスパイになった少年の話が交互に出てきて、やがて交差していくという話です。

自分では意識しないのに、自分の行動により見知らぬ誰かが助かっていたり、逆に自分が誰かに助けられていたり、そういうことはあるのかも知れない。
その人のことを考えていたら電話がかかってきたとか、たまたま自己紹介したら相手と名前が同じだったとか、そういう偶然が起こると何かいいことがある気がする。
私たちの日常にも時折ある、そんな小さな奇跡を描いていて、心が温かくなります。
冒頭の「エンジン積んでないよね」にしたって、別にエンジン積んでなくてもいいんじゃないか。「どこかの誰かが、幸せでありますように」という願いが皆の共通のものでさえあれば、案外世の中はうまくいくのではないか。
そういうような、著者のメッセージを感じました。