千両過眼

東京在住の会社員です。読書、舞台、展覧会の感想などを書いています。

2011年04月

「恋文の技術」

◆2011年4月27日 「恋文の技術」(ポプラ社) 森見登美彦 最初「つまらん」と思って斜め読みしていた本書でしたが、読み終わったときには、めっちゃ笑ってました。 おもしろかったです。 「恋文の技術」というタイトルは、京都を離れ、能登半島で研究生活を送る主人公の、『せっかくだからこの地で文通の腕を磨く。文通相手に幸福をもたらし自分も幸福になる。そしてゆくゆくはいかなる女性も手紙一本で籠絡できる技術を身につけ、世界を征服するのだ』という決意によっています。 研究室の仲間、先輩、妹、憧れの女性、そして作家・森見登美彦氏らに手紙を書きまくる主人公。全て彼の書簡のみで構成されている本書ですが、愛情あふれる(?)相手とのやりとりの中で、一人ひとりの顔や表情まで浮かんでくるようです。学生時代が懐かしくなる本です。 『恋文というのは、意中の人へ差し出すエントリーシート』の一文には笑いました。 (2011-43冊目) ☆☆

「アーモンド入りチョコレート」

◆2011年4月23日 「アーモンド入りチョコレートのワルツ」(角川文庫) 森絵都 少年と少女の視点で書かれた森絵都の短篇集です。子供時代の、かけがえのない“時間”とそこからの“巣立ち”を描く3篇。 「DIVE!」のような爽やか系スポーツ長編も良いけれど、「風に舞い上がるビニールシート」や本作所収の短篇のような小品も、作者の暖かな筆致が心地よく、好感が持てます。 出てくる楽曲について殆ど知らないのに、読んでいると頭の中で軽やかなピアノの旋律が聞こえてくるようです。(2011年-42冊目)

「秀吉の枷」上・中・下

◆2011年4月23日 「秀吉の枷」上中下(文春文庫) 加藤 廣 「信長の棺」に始まる三部作の2作目です。1作目と3作目はすでに読んでいて本作のみ未読でした。 「信長の棺」は、『信長公記』作者の視点で書かれており、信長の消えた遺体の謎を探る歴史ミステリーでした。近臣から見た信長の魅力と、史実上の苛烈さを同時に描きながら、読後に一片のすがすがしさを感じさせる佳作でした。 続く本書は、本能寺地下の抜け穴の秘事を秀吉の側から描くことで、前作と繋がっています。 今回は、秀吉という“人たらし”なキャラクターを中心に据えたことで、前作よりも読みやすい一代記となっています。 暴君信長の下で忍従しながら、知略と人懐っこさで出世の階段を超人的に駆け上がっていく秀吉の姿は面白いのですが、天下人になってからは、周囲に振り回される懊悩ばかりが目立ちました。 そういえば、私が子供の頃、児童向けの伝記には必ず「豊臣秀吉物語」がありました。 (信長や家康の伝記は見かけなかった気がします) 一夜城や草履のエピソードが美談として紹介されていました。 今は、武将の人気アンケートなどでは、あまり上位に来ない印象の秀吉なのですが、これも、時代の移り変わりなのでしょうか。 本書に続く「明智左馬助の恋」で三部作は完結します。私の好みでいうと、謎解きの 楽しさもある1作目が一番面白く、それに次いで本書、というところでしょうか。 (2011年 39・40・41冊目) ☆

「puzzle」

◆2011年4月22日 「puzzle(パズル)」(祥伝社文庫) 恩田 陸 恩田氏らしい、幻想小説の小品です。 冒頭で一見脈絡のない、新聞や雑誌の記事が提示され、そのあとで、ある不可解な事件との関わりが語られていきます。 この作品の舞台のモデルは、長崎の軍艦島と思われますが、廃墟の無人島の描写が巧く、怖いです。 恩田作品にはすっきりしない結末のものも多々ありますが、今回はちゃんとラストに種明かしもあるので安心です。(2011-38冊目)

「悪道」

◆2011年4月17日 「悪道」(講談社) 森村誠一 元禄15年某日、寵臣・柳沢の屋敷に御成り中の五代将軍・綱吉が急死。 柳沢は僧・隆光と謀り、急遽ある者を召し出すことに・・・。 かつて森村氏原作のテレビ東京12時間ドラマ「大忠臣蔵」がきっかけで、作者の「忠臣蔵」「吉良忠臣蔵」などを愛読したものでした。今回も同じ時代が舞台なので、とても期待して読みました。 本書は、ほぼ交互に描かれる二つのパートから構成されます。一つ目は幕閣の政治ドラマ。冒頭の掴みは重厚、将軍の死を糊塗するために柳沢が行う謀り事も、さもあらんというリアリティで、作者の奇想ぶりに感心しました。 これに対し、主人公たちのパートは、まさに剣豪RPGバトルアクション。超常の五感を持つ主人公、突然の奇禍、ヒーラー美少女との出会い、仲間集め、迫り来る忍者軍団、そして巨悪との対決。こうして見ていくと、友情、努力、勝利。あたかも少年ジ○ンプ的展開といえます。 こちらのパートが前者のパートと比べ、各キャラの書き分けが浅く、行動の動機付けや説得力にも乏しく、はっきり言って読むのが苦痛でした。その結果、全体として楽しめなかったのは残念です。(2011-37冊目)

「流星の絆」

◆4月16日 「流星の絆」(講談社) 東野圭吾 深夜、真っ黒な夜空を見上げて一心に流れ星を探している三人の仲の良い兄妹。 「流星の絆」の冒頭の場面は余りに美しく、切ないです。 この三人が突然、過酷な運命に巻き込まれます。何も知らぬまま眠り続ける幼い妹を、今日だけはまだ寝かせておいてやってくれと周囲に頼む長男の姿が印象的です。すでにこのとき、長男は弟と幼い妹を守りながら人生を過ごしていく覚悟を固めていたのでしょう。 作者によれば、兄弟のうち長男のキャラクターは「白夜行」の桐原亮司のイメージで書かれたとのことですが、すんなりうなずけるものがありました。それだけでなく、作品自体の雰囲気も「白夜行」と似ています。 異なるのは、「白夜行」と較べ、人の優しさや、他者への理解、愛情が描かれる点です。このことが本作品のひとつの特徴となっているようで、読んでいて思わず目頭が熱くなりました。 今回待望の文庫化となった本作ですが、発表当時から評判の高かった作品だけあって、さすがに読み応えは十分、数多い東野氏の著作の中でも傑作と思います。私の中でも「容疑者X」などと並び素晴らしかったです。(36冊目) ☆☆☆☆

「学ばない探偵たちの学園」

◆4月12日 「学ばない探偵たちの学園」(光文社文庫) 東川篤哉 かの「謎解きはディナーの後で」の作者の、7年前(2004年)の作品です。「謎解き」は超人気作であるにも関わらず、私的にイマイチだったので、一応他のも読んでみようと。学園部活ものと聞くと何か心惹かれるというのもありました(ちなみに、私は米澤穂信氏の「古典部」シリーズなどは嫌いでない)。 結果・・・面白いと思えませんでした。 探偵部を舞台とするだけあって、本格のパロディっぽい話とか薀蓄とか出てくるのは楽しいけれど、肝心のミステリー部分が読んでいて軽さだけが上滑りするというか・・・。 「謎解き」は決め言葉などがアニメ的で、キャラものとしての楽しさはあったけれど、この作品ではそれもあまり感じられなかったです。 そこで思ったのは、ミステリーとユーモア小説とは、余程でないとうまくバランスがとれないのではないかということ。ユーモアミステリーというのは難しいなと思いました。(35冊目)

「八日目の蝉」

◆4月10日 「八日目の蝉」(中公文庫) 角田光代 テレビドラマ化、映画化もされた角田光代氏の作品です。 ある乳児誘拐事件を、連れ去った女の目からつづった前半と、それから十数年を経た現在、連れ去られた娘の目から見た後半の二章から構成されています。 乳児誘拐は許されない犯罪ですが、犯人の女(第一章の語り手)に対して、なぜだか、読んでいて悪感情を持つことが出来ませんでした。 事件によって過去に立ち止まったままだった娘が、様々な経験を経て未来を志向するまでに変化していく過程が印象的です。 ラストで、陽光に照らされた小豆島の海の描写がキラキラとしていて、ストーリーの重さと裏腹に、爽やかな読後感として胸に残りました。 (34冊目) ☆☆

「四十七人の刺客」

◆4月9日 「四十七人の刺客」(新潮社) 池宮彰一郎 近年の名作とされる池宮版「忠臣蔵」です。以前読んだ氏の短編連作「その日の吉良上野介」が面白かったので、いつか読みたいと思っていました。 事件後約300年が過ぎた今日までの間に、芝居や講談を通じて一つの「型」が完成しているかにみえる忠臣蔵ですが、まだまだ史実以外の部分では色んな解釈を施す余地があるようで面白いです。 確かに少し前までは、芝居の中などで語られる浅野=悪辣ないじめによりやむなく刃傷、切腹に追い込まれた可哀想な青年君主、吉良=金銭欲にまみれた悪役、というのが、定番であり定型でした。その浅野の遺臣たちが亡き殿の鬱憤をはらす、あっぱれ武士道、というわけです。典型的な勧善懲悪話の背景には、当時の江戸市民の、吉良の後ろに透けてみえる公権力すなわち幕府への反感も混じっていたのかも知れません。 それに対し最近の忠臣蔵の多くは、伝統的スタイルを踏襲しながらも、単なる懲悪とは違う現代的な視点で浅野方、吉良方両者の行動原理や人物像を掘り下げようとしているように思えます。 本書もその系統にある作品の一つですが、本書の場合特に特徴的なのが、忠臣蔵の物語を、浅野遺臣の忠義一辺倒の仇討ちという視点でなく、浅野旧臣の吉良・上杉家に対する「戦(いくさ)」と位置付けている点だと思います。 本書で、浅野方の首魁・大石は智謀を張り巡らして吉良・上杉の連合軍を脅かし、それに対し上杉の江戸家老・色部は知恵と権力者への手蔓をもって対抗します。それは実際に刃を交える以前に、時間をかけた情報戦の様相を呈しています。世間に喧嘩両成敗に反するとされ「不公平な裁き」と批判された、内匠頭の刃傷即日の切腹が、柳沢(将軍側用人)−色部ラインの処断によるものだったこと、それに対抗して大石が、刃傷の理由がわからないままであることを逆手に取って、吉良が執拗に賄賂を要求したとの悪評を流して吉良・上杉の評判を地に落とし、上野介を隠居に追い込むなど、序盤から両者のにらみ合い、丁々発止のやりとりが繰り広げられます。 もう一つ、本書で特筆すべき点は、当時の浅野方の財政状況を克明に描写している点です。これは、討ち入りという大事業が武士道の昇華という大看板を掲げながらも、実際的な面で周到に準備されていたことを思い起こさせます。度重なる減知により逼迫していた上杉に対し豊かであった赤穂。その赤穂にあって塩相場を管轄し経済に才あったと書かれる大石が、自ら、また商人を用いて、討ち入り準備のため、また人心掌握や様々なことのために藩金を調え分配することで戦を優位に進めていくさまが、きわめてリアルで説得力がありました。 「四十七人の刺客」は、芝居や講談でおなじみの「内匠頭の桜の下での切腹」や「恋の絵図面取り」「徳利の別れ」「南部坂雪の別れ」等等のエピソードがない代わりに、「討ち入り」を現代に通じる等身大の人間たちのドラマとして描いた点で、全く新しい忠臣蔵像をみせてくれていると思います。 (33冊目) ☆☆

「大絵画展」

20110402184340.jpg◆4月2日
「大絵画展」(光文社)
望月諒子

「第14回日本ミステリー文学大賞新人賞」受賞の美術ミステリー。
(感想追加あり)
借金を背負ったうえ大金を騙しとられた男女。同じ境遇にある二人が出会い、銀行の倉庫深くに眠るゴッホの「医師ガシェの肖像」を盗むことを持ち掛けられる。
ゴッホが死の直前に描き、友人の医師ガシェに贈ったとされる絵。その後ナチスに押収され、以後蒐集家の間を渡り歩いた曰くつきの作品でもある。90年代、ジャパンマネーで競り落とされたものの、バブル後、他の多くの不良債権化した絵画とともにこの絵は表舞台から姿を消していた。二人は何とかこの絵を盗み出すことに成功するが・・・。

件の絵が表紙になっており、思わず見入ってしまいました。
騙し騙され、息もつかせぬストーリー展開で、とても面白かったです。
バブル期に高値で落札されて、多くの西洋絵画が日本に持ち込まれたことは周知の通りですが、ともすれば金額の多寡で語られるようになった美術品の、本当の価値とは一体何なのか、ということを改めて考えさせられました。

読後非常に印象に残るくだりがあったので、感想追加します。
美術品の真贋をめぐる登場人物の会話の中で“ゴッホさん”に関するやりとりが出てきます。いわく、ゴッホの真作には、どの作品にも近所の人が道で出会えばすぐにわかるような“ゴッホさん”が存在する。贋作には存在しない。それは有名画家としてのゴッホではないし、構図や筆遣いでそれとわかるのでもないのだ、というもの。画家を画家たらしめる何かを見事に表現していて、これだけでも本書を読んだ価値が十分にありました。

いろんな意味で非常に読後感の良い作品でした。(32冊目)
☆☆

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