千両過眼

東京在住の会社員です。読書、舞台、展覧会の感想などを書いています。

2011年05月

「横道世之介」

20110529110604.jpg◆5月28日 「横道世之介」(毎日新聞社) 吉田修一 学生時代を思い、しばし郷愁に浸る時「ああ、そういえば、あいつはいい奴だったな」とふと思い出すような人物、横道世之介がこの物語の主人公。 折しも80年代頃。イタトマ、ディスコ、ポパイ、サラダ記念日・・・、あの頃のワードが懐かしいです。 作中では、上京して1年間の世之介の生活が切り取られ描かれています。 例えば、初めて知り合った年上の女性に言われた「これからいろんなものが増えていくんじゃない」という言葉。夏休みに帰省した時の、数ヶ月前より街が小さくなったような感じ。生活の基盤が出来てきて、いつか東京が「帰る」場所になっていたこと等々、時々の心情が伝わってくるようです。 地方や血縁に縛られた閉塞感が全編を覆っていた「悪人」に比べ、本作の雰囲気には希望があり、未来があります。それだけに、後半以降に示唆される「その後」について考えさせられます。 世之介の物語の合間に、彼とかつて関わった人々の、恐らく十数年後の姿が断片的に描かれています。 「人生が変わった」という程大袈裟なことでなくても、世之介と若き日を共に過ごしたことにより、今懸命に生きている彼らがある。 思うに彼は、彼と共通の時間を過ごした人々(読者含む)の、「人生のある時期のかけがえのない伴走者」であり、いわば「過ぎ去った青春時代の栄光の記憶」であったのだ、と思います。 そう考えて、初めて物語全体が腑に落ちた気がしました。(2011-54冊目)

「武士道シックスティーン」

◆5月24日 「武士道シックスティーン」(文春文庫) 誉田哲也 私も小学生のとき剣道を習っていたので、本書に出てくる稽古風景が懐かしく感じられました。 「心技体」とか「一足一刀の間合い」とかもよく言われたものです。 でも自分と一緒に稽古している子供の中に、この主人公・磯山香織のように「相手をぶった斬ってやる」という意気込みの子がいたら、それはそれは怖いですが。 本書は、高校の女子剣道部を舞台にしています。 というと、最近では万城目学氏の「鹿男あをによし」が思い浮かびます。「鹿男」の試合の場面も素晴らしかったですが、本書では主人公の努力や悩みを通じて「剣道とは何か」ひいては「スポーツとは」「勝負とは」ということについて考えさせられます。 二人の主人公、ストレートで思い込んだら一直線の香織と、いかにも気楽な普通の女の子である早苗が、剣道という“共通の何か”を通じて成長していく過程が実に自然で爽やかです。二人の関係性も微妙なものから、より深い友情へと変化していく、これぞ青春スポーツものの王道、と思います。 本作には続編も書かれているので、ここからの二人の成長も楽しみです。 (2011-53冊目) ☆☆

「ええもんひとつ」

20110521212054.jpg◆2011年5月21日 「ええもんひとつ とびきり屋見立て帖」(文藝春秋) 山本兼一 「千両花嫁」に続く「とびきり屋見立帖」シリーズの2作目。 1作目は、シリーズの顔見世的な意味もあってか“幕末の有名人たち総出演”をうたい文句にした感じだったのに対し、本作では、真之介やゆずの日常話がメインにな り、それに新選組や志士たちが絡んでくる、という話が目立ちます。 一方で、見えないところで時代がじわりと進んでいる印象を受けます。 例えば、真之介の恩人である桝屋の正体が判明したこと。ということは、知らないうちに真之介が勤皇派に取り込まれて池田屋事件にも関わってしまうということでしょうか?続巻でとびきり屋に災難が振り掛からないかと、今後の展開が心配になりました。 初心者ではありますが私も表千家の茶道を習っているもので、茶道具にまつわる話は楽しいです。 先日羽田空港に行く機会があり、たまたま併設されているギャラリーを見てみたところ、何と「千両花嫁」に登場した利休の茶杓『ゆがみ』が展示されていました。 道具の良し悪しが分かる訳ではありませんが、いい道具を他の平凡なものと並べた時に“それらしい”雰囲気を持っている、というのはあるのだと思います。 なので、道具を選ぶときの極意が、表題作に出てくる『一番ええもんひとつだけ買うこと』という教えは面白いです。 最後に装丁についてひとこと。本書表紙のイラストが内容と合っていない気がして違和感を感じました。ほのぼの系すぎて、まるで「まんが日本昔ばなし」の一場面みたいです。 どうせなら、京都の道具屋の話らしい季節感や歴史の重み、それに幕末という時代感などを出して貰えないものかと思いました。(2011-52冊目) ☆☆☆

「セント・ニコラスの、ダイヤモンドの靴」

◆2011年5月19日 「セント・ニコラスの、ダイヤモンドの靴」(角川文庫) 島田荘司 あの震災から2ヶ月と少しが過ぎました。 先日テレビ番組で、被災地に本を送ろうというプロジェクトがあり、私もささやかながら本を寄贈させていただきました。 贈る本の中に、メッセージカードをつけました。 本を読むことで少しでも勇気や希望を持ってくださる方がいれば・・・と思います。 被災地が一日も早く復興し、多くの方々が元の日々を取り戻すことが出来るよう祈っております。 本作は、名探偵・御手洗潔が衝撃的なデビューを飾った「占星術殺人事件」の直後のお話です。 もの珍しさから多くの人が馬車道の下宿を訪ねて来ます。その一人、老婦人の世間話から、犯罪のにおいを嗅ぎつける御手洗。 何といっても今回の見所は、御手洗・石岡の二人と、事件に巻き込まれ独りぼっちになってしまった小学生との交流です。 折しも時はクリスマス。3人で食事したり遊園地に行ったり。人間嫌いの筈の御手洗の、知られざる一面が見られて面白いと思いました。 相変わらず蘊蓄が楽しいです。女帝エカテリーナのコレクションから、マリア・ルス号事件、そして大正期に作られたという東京の下水道の話。 私も時々神保町辺りに行きますが、「レ・ミゼラブル」ばりの下水道が、今も神田の地下に走っていると思うと、つくづく東京という街の不思議さについて考えさせられます。(2011-51冊目) ☆

「千両花嫁」

20110517120423.jpg◆2011年5月17日 「千両花嫁 とびきり屋見立て帖」(文春文庫) 山本兼一 近頃出版界は時代小説、とりわけ“江戸人情もの”ブームだとか。佐伯泰英氏の「居眠り磐音」などのシリーズを始めとして、書店にもコーナーが出来たりして賑わっています。 さて本書は「火天の城」「利休にたずねよ」の山本兼一氏の作品です。以前読んだ「火天」は安土城築城を巡る硬派な職人ものでしたが、本作は題材も作風もガラッと変わって、軽めのお話です。 幕末の京都、若夫婦が駈け落ち同然で開いた道具屋に、色んな客がやって来ます。女房のゆずは道具を目利きし、亭主の真之介は人を目利きする。新選組の芹沢、近藤や土方、高杉晋作、坂本龍馬、その他もろもろ。この人達との関わりに、思わずニヤリとしてしまいます。 この夫婦が力を合わせて難局を乗り切っていくわけですが、その度胸は天下一品。 たとえば、真之介が仕入れてきた「虎徹」を、店に来た近藤が強請同然に持って行ってしまったり、高杉が龍馬に言付けた「平蜘蛛の釜」を間違えて土方に売ってしまったりと、トラブルが頻発しますが、そのたびに相手のところに飛び込んで直談判するバイタリティは、上方商人の強さと矜持を見るよう。いくら何でもそりゃないだろ、と突っ込みをいれたい所もありますが。でも読んでいて楽しく、どんどん先を読み進めてしまいます。京ことばのはんなり感も良いですね。 今の時代に、このような小説が好まれる理由が何となく分かる気がしました。(2011-50冊目) ☆

「ロマンス」

◆2011年5月16日 「ロマンス」(文藝春秋) 柳 広司 ひんやりとした文体が印象的な、柳 広司氏の新刊です。 舞台は昭和8年の帝都・東京。華族でありながら外国人の血が流れているために、疎外感を持ち続ける青年・麻倉清彬が主人公。 彼がある殺人事件に巻き込まれます。直後から邸に特高の刑事が訪ねてきたり、周囲は不穏な状況に。軍部の政治的な動きまでが加わり、知らぬうちに雁字搦めになっている自分に気付く清彬。 途中まで、話がこの先どう転ぶのか予測できず、わくわくして読みました。 作品に時代感がよく出ていると思います。軍部が台頭し、戦争の足音がひたひたと間近に近づいてくる時代。身分制度が疲弊し市民にも不満がわだかまっている。 そのような時代背景に、主人公の閉塞感が重なります。 物語後半は、前半で広がったパーツが一応ハマって、真相が明らかになります。 ただ本書を謎解きミステリーとみるならば、答えを聞いても、あっそう、としか思えず、やや拍子抜けの感は否めません。 さらに主人公の冒険譚としても、清彬がほぼ事件の傍観者に終始するうえ、途中の清彬自身の計画(未遂に終わりますが)に至る内的衝動が解りにくく、結局この作品で、どこに力点を置きたかったのか私にはわからず、残念でした。 この作者の場合、良くも悪くも「ジョーカーゲーム」「ダブルジョーカー」と比較されそうですが、個人的には、本作のこの雰囲気は好きです。今の日本が失った時代のロマンチシズムとでもいうようなものを、非常に巧く書く作家だと思います。 次回作にも期待したいと思います。(2011-49冊目) ☆

「私が彼を殺した」

20110514213059.jpg ◆2011年5月15日 「私が彼を殺した」(講談社文庫) 東野圭吾 1999年刊行の、東野圭吾の“加賀刑事シリーズ”の5作目です。昔読んだ「どちらかが彼女を殺した」が私的にいまいちだったもので、こちらは未読でした。 (以下、ネタバレあります。 未読の方はご注意。) ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ネタバレあり↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 物語はフー&ハウダニットものです。一つの殺人事件を巡り、関係者3人の一人称の心象が交代で、手記風に綴られていきます。 その内容は「書いてあることは事実、しかし、当人にとって都合の悪いことは書いていない」。最後の章で、探偵たる加賀刑事が、全ての状況を論理的に整理補足し、真犯人を指摘。 それが誰であるかの推理は読者に委ねられます。 読んで思ったのは、本書が構造的に美しい作品だということ。 語り手3人がそれぞれ動機を持ち、凶器である毒を手にいれる機会と仕込む機会があったことが、推理の材料としてフェアに提示されています。 描写面では、3人の人物の掘り下げ、書き分けがよくなされており、クイズ的な小説とは一線を画しているところが、さすがに東野氏です。 ちなみに私は、最後に加賀がヒントを出してくれたおかげで、犯人が駿河直之だとわかりました(笑)。加賀の言う「身元不明の指紋」とは、被害者の元妻のものですよね。 あれこれ考える中で、最後までやや腑に落ちなかった点が二つだけ。 犯行前日、後に自殺する女性が被害者宅の庭に現れる場面、この女性が家の中にいた人物を新婦と思い込む描写がありますが、窓にはレースカーテンが引かれていて外から見えなかった筈。この説明だけが最後までなされてなかったのでは?と思いました。 もう一つは、例のピルケースですが、なぜ加賀はそれが複数存在することを知っていたのか、ということ。こちらのほうは、書いていないだけで、加賀が独自に調べていて既に分かっていたのだ、と考えても矛盾はなさそうですが。 作者も自信作と言っていますが、想像以上に面白かったです。 読まず嫌いせず、もっと早く読めば良かったです。(2011-48冊目) ☆☆☆

「麦の海に沈む果実」

20110512153911.jpg◆2011年5月12日 「麦の海に沈む果実」(講談社文庫) 恩田 陸 恩田 陸の幻想的なミステリー。作品単体としては論理よりも雰囲気重視で、少女漫画に近い感じのテイストです。北見隆氏の表紙と扉絵のイラストが超コワいです。 舞台は湿原の中に隔離されたような寮制の学園。ヒロイン、周りの男の子達も美形揃いです。この学園で次々と奇妙な殺人事件が発生。ヒロインの身に見えざる影が忍び寄る・・・。 本書は、先行する恩田氏の「三月は深く紅の淵を」と対をなしている作品ということです。そうと知らず、うかつにも先にこっちを読んでしまいました。そのせいか本書の魅力が私には殆ど理解できず残念。 機会があったら「三月」も読んでみたいです。(2011-47冊目)

「県庁おもてなし課」

◆2011年5月8日 「県庁おもてなし課」(角川書店) 有川 浩 高知県庁に実在するという“おもてなし課”の奮闘を描いた物語。 『自然しかない、でも自然だけはたくさんある』高知県をいかにして盛り上げるか、お役所のことなかれ体質に敢然と立ち向かう“おもてなし課”員たちの活躍は如何に!? 最近の有川作品らしく登場人物たちの日常生活をベースに、様々な事件、人間関係の葛藤、逆境の克服、人間の成長、それに恋愛模様などが盛り込まれています。このうち最後の恋愛要素がなければ、「ガイアの夜明け」県庁版を観ているかのよう。 本書は、地元出身の作者が高知新聞に連載した小説を書籍化したものです。究極のエリア小説といってよく、地元ではさぞや好評だったろうと思われます。 私個人の感想としては、同じエリア小説である「阪急電車」に比べて、本書は面白いけどちょっと薄い印象です。この違いは何なのかな?と思いました。 とはいえ、雰囲気の暖かさは格別で、作中の人物の会話のテンポのよさも素晴らしく、土佐弁の響きの良さにしびれました。 高知に行ってみたくなりました。 (2011-46冊目)

GOSICK?薔薇色の人生

20110501131612.jpg◆2011年5月3日 「GOSICKⅦ−ゴシック・薔薇色の人生−」(角川文庫) 桜庭一樹 4年ぶりのゴシックの新刊です。正直、このシリーズの新作はもう読めないだろうと思っていました。今度こそ最終巻まで一気に出そうなので、続巻も楽しみです。 舞台は20世紀初頭、欧州の歴史ある小国ソヴュール。 時代の転換期に、科学アカデミーとオカルト省という組織が対立し、王室や貴族を巻き込んで暗躍しています。 今回は、かつてのソヴュール王妃ココ=ローズの死を巡る謎に、“灰色狼”のヴィクトリカが挑むことに。 今回ゴシックを読んで、今更ながら気付いたのが、同じ作者の「赤朽葉家の伝説」や「伏 贋作・里見八犬伝」等も、森の奥に棲む“異能の民”の物語だったなあということ。 ゴシックでも徐々に明らかになってきた、「特殊な能力ゆえに人々に恐れられ、歴史に置き去られた民が世界の変革の鍵を握っている」というモチーフは、作者の持ち続けているテーマなのかも知れません。 前作から間が空いたためか、今回のゴシックは描写が少々くどく感じられ、お話もストレート過ぎて先が読めてしまうのが残念です。一方でヴィクトリカや一弥、ブロワ警部らのキャラの魅力や、作品特有の時代的雰囲気は健在で、会話なども楽しく、安心感がありました。(2011-45冊目)

「ロシア幽霊軍艦事件」

20110429213938.jpg◆2011年4月28日 「ロシア幽霊軍艦事件」(角川文庫) 島田荘司 名探偵・御手洗潔と石岡君が、歴史の闇に挑むミステリー。 冒頭、箱根の富士屋ホテルに架けられていたという写真からこの奇妙な話は始まります。 写真は大正時代に撮られたもので、写っているのは、何と芦ノ湖に停泊しているロマノフ時代のロシア軍艦。この写真にまつわるある人物の遺言から、奇想天外な物語が展開していきます。 以前、このホテルに宿泊したことがありますが、確かに、廊下にマッカーサーとかチャプリンとかの古い写真が飾ってあり歴史を感じさせます。内装もただの洋館というだけでなく、今のホテルとはコンセプトが違っている印象を受けました。だから本書にあるように、このホテルがかつて国家の外交的機密に関わっていたという説も説得力があります。ちなみにマジックルームのほか、ビリヤード室や資料室など、普通のホテルに似つかわしくない施設があるのも面白いです。 以下、やや、ネタバレあり。 この写真の話から、ロシア革命後に現れた、皇女・アナスタシアを名乗る一人の女性の人生に光が当てられていきます。 革命において処刑されたはずの不幸な皇女が、実は生存していたという話は当時からあり、今でも決着はついていないということです。本書の後半、アナスタシアの逃避行が実に真に迫って書かれており、フィクションであると知りながら心動かされました。 最近の氏はこのような埋もれた歴史や実在の事件に題材を採った作品が多いようですが、史実と虚構を巧みに組み合わせて、壮大な物語を作り上げてしまうところは凄いと思います。 (2011-44冊目) ☆☆
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