千両過眼

東京在住の会社員です。読書、舞台、展覧会の感想などを書いています。

2013年02月

「神と語って夢ならず」


◆2013年2月22日
「神と語って夢ならず」(光文社)
松本侑子
 
「隠岐騒動」を題材にした小説です。
徳川時代に松江藩が実効支配していた隠岐の島民が、維新前夜の混乱期に郡代を追放し、80日間に渡り自治政府を立て、やがて松江藩の武力介入に発展した事件。背景としては、隠岐が歴史的に勤皇の気風が強かったことや、たびたび外国の軍艦が来航したのに松江藩は無策で、代わりに隠岐に攘夷のための農兵隊が組織されたことなどが関係しているのだとか。この辺り、史実に即して描かれていると思われます。
小説は、決起に参加した隠岐・島後の庄屋の息子である井上甃介を中心とした群像劇になっています。
小説としては主人公に感情移入できない(というか人間的描写より事実の方に力点を置いている)ので、読書的感動というのは余りありませんでしたが、歴史的事実の重みは感じました。
外国から島を守らねばという切実な思いや、藩への怒り、待ち望んだ王政復古への期待など、島民の純粋な気持ちが、ちょうど大政奉還前後のドサクサのときでもあり、朝廷と松江藩それぞれの政治的思惑の間で翻弄されていくのが、いかにも悲しいです。
明治維新というと、京や江戸、さらに戊辰戦争などでのエピソードが中心に語られがちですが、それらから遠く離れた地方でも、大きな変革があり多くの人が犠牲になったのだなと改めて思います。
同じ頃に「年貢が半分になる」と布告しながら切り捨てられた形の赤報隊との関わりも少し出てきて、「るろうに剣心」を思い出しました。
これら多くの「痛み」の歴史をへて、いまの日本があるということを感じました。
 
写真は木瓜の花。ピンクと白の色の花がくっついて咲いていたのが珍しくて撮りました。(2013年-18冊目)

ミュージカル「オペラ座の怪人」



○2013年2月23日・昼公演
ミュージカル「オペラ座の怪人」(電通四季劇場)9
出演:橋元聖地 苫田亜沙子 中井智彦 河村彩 小林由希子 戸田愛子 北澤祐輔 平良交一 ほか

先頃、東京千秋楽が発表された、劇団四季の「オペラ座の怪人」を観に行きました。
怪人が橋元聖地、クリスティーヌが苫田亜沙子、ラウルが中井智彦という配役でした。

この演目には四季の誇る歌上手が揃っていますが、現メンバーでは、この橋元・苫田コンビが、私のイメージする「オペラ座の怪人」に一番近い組み合わせのような気がします。夢見がちなクリスティーヌに偏執的な愛情を抱くファントム、というのがよく出ている感じがするんです。
ファントムの醜さと孤独、それゆえの悲しみがストレートに伝わってくるので、ラストの「隠れ家」の場面でも感動があります。橋元ファントムの堂々とした体格、端正で若々しい歌声と、苫田クリスのはじめちょっとぼんやり、後半にいくに従い意志的になるところのバランスがいいんだと思います。捕らわれたラウルを守ろうと、苫田クリスがファントムの前に立ちはだかる場面には強さがあり、やがて怪人との立場が逆転していくところに繋がります。
苫田さんの「イル・ムート」の少年コスプレや「ドンファン」の激しい演技が、東京でしばらく見られなくなると思うと寂しいのだけれど、同じ劇場でそのうち空に浮かぶ魔女が見れるでしょうから良しとしなくては。
中井ラウルは若さと情熱を感じるラウルです。歌がとても上手で安心して見ていられました。
不思議なことに、今日の公演では支配人の一人アンドレ役が、ラウル役者の北澤祐輔でした。フィルマン役の平良交一さんや他の支配人役の人たちに比べ、見た目がやや若く見えてしまうかな。演技も、もっと戯画化していいと思うのですが。

ナンバーでは、毎回楽しみにしている「プリマドンナ」や「マスカレード」が素晴らしかったです。歌もいいんですが、「マスカレード」では猿がかわいいので、つい目で追ってしまいます。
クリスの「スィンク・オブ・ミー」「墓場にて」や「ザ・ポイント・オブ・ノーリターン」など、声の綺麗さに聞きほれました。
カーテンコールがいつもより多くて嬉しかったです。

写真は、昨年末の丸の内での四季イベントの時撮った、舞台のミニチュア模型と「ドンファン」のスコア。模型はアップで撮ったら大きさがよく分からない写真になってしまいました。

宝塚月組公演「ベルサイユのばら ーオスカルとアンドレ編ー」


○2013年2月21日・夜公演
宝塚月組公演
宝塚グランドロマン「ベルサイユのばらーオスカルとアンドレ編ー」(東京宝塚劇場)
出演:龍真咲(アンドレ) /明日海りお(オスカル) /愛希れいか(ロザリー) /星条海斗(アラン) /美弥るりか(ベルナール) /珠城りょう(ジェローデル)ほか

(後日追記あり)

東京宝塚劇場に「ベルサイユのばら」を観に行きました。すごく久し振りの「オスカルとアンドレ編」です。
私は「オスカルとアンドレ編」を観るのが稔幸のとき以来なのですが、今回は前の時と別作品のように変わっています。植田紳爾脚本・演出に加え、「逆転裁判」の鈴木圭氏が演出に名を連ねています。
今回のバージョンの感想をひとことで言うと「地味」。宮廷場面がほとんどなく、アントワネットやルイ十六世も全く出てきません。ついでにモンゼット夫人もシッシーナ夫人もいません(笑)何年か前に朝海ひかるがやってた「オスカル編」に近いように思います。
一部は、以前よりロジックを重視したためか、こじんまりとまとまっている印象。セリフもなんか今風になってて「イケメン」とか「おたく」とか、いかがなものかと思いました。
その点、二部はこれまでとあまり変わらずでした。「今宵一夜」とか「バスティーユ」とか。まあ、変えようないですよね(笑)ちなみに「少しも早く」という言葉は健在!(しかも二度も)

ちょうど今日からオスカルとアンドレの役替わりで、明日海りおがオスカル、龍真咲がアンドレという配役でした。
龍真咲はさすがの貫禄です。歌も上手いですね。明日海りおのオスカルは、ちょっと女性っぽいかな。初日で大変だったのか、後半は声が出てなくて調子悪そうに見えました。
そして、ラストシーンは…衝撃でした。ネタバレになると思うのでここには書きませんが、一見の価値ありです!
ショーはいつもの「オスカルとアンドレのボレロ」など。これ、役替わりのときは逆になるのかなあ。ロケットが「ラ・マルセイエーズ」じゃないのは物足りない気がしましたが…。
とか、思わずいろいろ語ってしまうのが、やっぱり「ベルばら」ですね!何だかんだ言って、すごく楽しかったです。「フェルゼンとアントワネット編」も今から楽しみです。

○2013年2月23日 追加
・アンドレ、オスカル、ロザリー以外のメインキャスト名追加しました。
今回役替わり多くて皆忙しいですね。アラン役の星条海斗が男っぽくて目立ってました。個人的には、壮一帆のアンドレも見てみたいなあ。
・記事では「フェルゼンとアントワネット編」と書いてますが、次回雪組公演は「フェルゼン編」でした。訂正します。

五島美術館「時代の美 第3部 桃山・江戸編」


○2013年2月17日
五島美術館・大東急記念文庫の精華「時代の美 第3部 桃山・江戸編」

早春の陽射しの中、久し振りに上野毛の五島美術館に行きました。
美術館所蔵の名品のうち、桃山・江戸時代の陶器、漆器や書蹟、絵画などを中心に展示しています。

茶道具や焼物関係では、やはりなんといっても古伊賀水指「破袋(やぶれぶくろ)」(重要文化財)が物凄い存在感を放っています。あの古田織部が「今後これほどの物はないと思う」と激賞したという名品。
焼成時にひしゃげたという独特の形、ダイナミックなひび割れ、周りの空気をはねのけるような雰囲気。しかも、思ったよりずっとでかくて重そう。茶会で使われる姿がちょっと想像がつかない荒々しさです。いびつな形の黒織部沓形茶碗「わらや」といい、既成概念を破ったところに織部独特の美意識がうかがわれます。
以前、川喜田半泥子がこの「破袋」に触発されて焼いたという「慾袋」を見たので、本家が見られて良かったです。
重文の鼠志野茶碗「峯紅葉」、楽家初代長次郎から二代常慶、三代のんこうの優美な黒楽茶碗「三番叟」、そのほか光悦の楽茶碗や桃山時代の陶器など多数。
墨跡・書状関係は信長、光秀、秀吉、利休、織部、小堀遠州らの書簡・墨跡など。私はとんと読めはしませんが、こんな錚々たるメンバーの手紙が残ってるなんてすごいことですね。利休の消息「横雲の文」は、蟄居させられる直前に大徳寺聚光院に宛てたもので、利休が大事にしていた茶壺「橋立の壺」を預けるが誰にも渡さないでほしいという内容。「よこ雲のかすみわたれるむらさきのふみとゝろかすあまのはしたて」の歌が添えられています。
絵画は、俵屋宗達が描いたと伝えられる下絵に本阿弥光悦筆の古今集や和漢朗詠集の色紙や、光琳・乾山など。珍しいところでは近松門左衛門筆といわれる絵と狂歌が展示されています。中国の瀟湘八景に着想を得た「庭前八景」で、京都の風物を描いています。

画像は、絵の具と色鉛筆で「破袋」を描いてみました。とにかくゴツゴツした肌合いが印象的でした。

「製鉄天使」


◆2013年2月16日
「製鉄天使」(創元推理文庫)
桜庭一樹

以前読んだ『赤朽葉家の伝説』のスピンオフ小説です。
『赤朽葉家』は、万葉に始まる赤朽葉家の女性三代を日本の現代史と絡めて描いた異色の長編でした。本作はその二代目・赤朽葉毛毬の若き日のエピソードを翻案したもの。著者によれば、『赤朽葉家』の二部(「巨と虚の時代」)の毛毬のレディース抗争話が余りに長かったために削られたのが、この作品に形を変えてまとめられたのだということです。
鳥取の製鉄所を経営する名家の長女という設定はそのままで、主人公毛鞠の名が赤緑豆小豆、親友の穂積蝶子が穂高菫などに変わっています。

鳥取県赤珠村。この地で古くから製鉄業を営む家の長女として生まれた赤緑豆小豆は中学に入るや、レディース「製鉄天使(アイアン・エンジェル)」を率いて中国地方統一を目指すことに。
「時なんて越えるぜ。だって、あたしら、えいえんなんだ」
限りある少女たちの時間を描いています。

作品の大部分は小豆の若き日の暴走生活が中心なのですが、その先に少女時代との決別という、桜庭作品に繰り返されるテーマが常に意識されています。
さらに、小豆が鉄を操ることができ、かつ真っ暗闇の森の中でも迷わない特殊能力を持つものとして設定されていることに、小豆が製鉄一族と、母親から血を引き“異能の民”に連なる者であることが再認識されます。"異能の民"は『ゴシック』『伏』ほかこれも多くの桜庭作品に登場しています。
『赤朽葉家』の方では、この後、レディースから少女漫画家に転身した毛毬が描かれますが、この作品の小豆は「えいえん」に向かってどこまでも走り続けるようです。
これだけ読むと不思議な小説ですが、『赤朽葉家』との関連において興味深く読みました。(2013年-17冊目)

「螢草」


◆2013年2月13日
「螢草」(双葉社)
葉室 麟

直木賞受賞の「蜩の記」以降、著者の作品をいくつか読んでいますが、私はこの本が一番好きです。
小藩の武士や町人、在り方は色々でも、彼らを通して、人生如何に生きるべきかというテーマを描き続けているようにみえる著者ですが、どれも佳作ではあるものの、似た印象を受けることもしばしばでした。
本作「螢草」ではそこに、すごくひたむきな前向きさと人情味が加わり、若々しく魅力的な作品になっています。

鏑木藩の上士である風早市之進の屋敷に女中奉公に上がった娘、菜々が主人公です。菜々の父は武士。かつて城中で刃傷を仕掛けたかどで切腹、家名は断絶していたため、菜々は出自を隠しています。
主人である市之進・佐知夫妻を慕い、二人の子供たちとも打ち解けて幸福を感じていたのも束の間、ある日市之進を薄気味悪い男が訪ねてきます。その男の名を聞いた菜々は…。

この主人公・菜々がつねに一生懸命、全力かけて主人一家を守ろうと奮闘するところがすごくいいです。明るさや前を向いて生きることは力だと教えてくれます。「蛍草」はツユクサの別称だそうですが、慎ましいようで実はたくましいその花は、主人公のイメージそのままですね。
市之進や佐知、子供たちと、菜々をはらはらしながら見守る周りの人物たち、彼らが温かい筆致で描かれています。私は地下鉄の中で読んでいたんですが、とくに物語後半に泣けました。この感動は、これまでに私が読んだ葉室作品から受ける静かな感慨とは、異質に思えます。
おとぎ話のようなシンプルな力強さ、落語の人情噺的なユーモアがちりばめられていて、読んでいて前向きな気持ちになれます。
子供から大人まで、多くの人におすすめしたい一冊です。

写真は京都・金戒光明寺境内の路地。鐘楼の石垣と土塀が、昔ながらの姿をしのばせます。こんな時代劇みたいな風景が今もあることに驚きました。(2013年-16冊目)☆☆☆

「傾国子女」


◆2013年2月10日
「傾国子女」(文藝春秋)
島田雅彦

中学生のときに父親が「お前の将来が心配で夜もろくに眠れない。決して自分を安売りしちゃいけないよ」と言い残して失踪。母と共に父の友人という医師に引き取られるものの、後継ぎを求める京都の富豪のもとに"転売"され…。類いまれな美貌を持つ主人公・白草千春の一生を描く長編。

「物語」の楽しさを存分に味わわせてくれる本でした。
千春の人生は、自身、嵐の中の難破船のように翻弄されながら、周りの男たちをも一緒に渦の中に巻き込んでいく、巨大エネルギーのようです。かといって単に男を滅ぼす悪女もの、毒婦ものというわけではなく、本書が千春なりの正義や大義を貫いていく(個人的な復讐なんかも含めて)ところを描いているのが痛快です。
「傾城傾国」という言葉通りに、千春がその美しさによって、一国を揺るがすほどの影響力を、彼女本人の意志と関わりなく持ってしまったりするのが、かえって哀しさをも感じさせます。際立った登場人物の描写といい、千春を通じて社会のいろんな面を描いていることといい、まさに「好色一代女トゥデイ」(←本文中で書かれる千春の物語)という感じでした。
表紙のイラストは「テルマエ・ロマエ」のヤマザキマリ氏。読む前は漫画っぽくて何だかなあと思ったんですが、今見ると意外と雰囲気出てていいかなと(笑)表紙裏に人物紹介が載ってるんですが、そのイラストの人物が三島っぽかったり芥川っぽかったりで、なかなか楽しめました。(2013年-15冊目)☆☆☆

「七つの会議」


◆2013年2月7日
「七つの会議」(日本経済新聞出版社)
池井戸潤

著者の本を読むのは「下町ロケット」に次いで2冊目。大手企業の子会社である電機メーカーの役員、社員と、その取引先である町工場の経営者らが主人公の連作短編集です。
タイトルが示す通り、いずれの短編も「会議」が題材になっていて、というと堅苦しく聞こえるかも知れませんが、どれも鮮やかに会社の中での人間模様を描く秀作です。
それにしても、本作の主たる舞台である「東京建電」の社内の雰囲気の悪さといったら!他者への罵倒、いざこざ、足の引っ張りあいなどは日常茶飯事。当然、会議は紛糾することもしばしば。そんな中から隠された事実が次第に明るみに出てくる過程がスリリング。
社内の論理と、人としてのあり方がぶつかったときにどう行動すべきかということが重大なテーマとなっています。社内のパワーバランスや人間関係の機微が表現されているところもとてもいいです。
この物語の中で、爽快な後味を残したのが「コトブキ退社」。まもなく会社を辞めようという女子社員が「なにかひとつ、自分がやったと思えるものを残したい」と思い立ち、考えたのは「残業する社員のために、ドーナツを売ること」。うそ寒い感じのする話の多い中、前向きですっきりした話。
この本は、電車の中とか空き時間にちょっとずつ読んだんですが、読んでいる間、続きがとても楽しみでした。
私的な評価としては、直木賞の「下町ロケット」よりずっとこっちのほうが面白かったです。著者の他作品も読んでみたいと思いました(2013年-14冊目)☆☆☆

「あい 永遠に在り」


◆2013年2月3日
「あい 永遠に在り」(角川春樹事務所)
高田 郁

(後日追加あり)

高田郁さんといえば「みをつくし料理帖」シリーズですが、最新作は実在の人物を題材にした小説です。
主人公は、徳島藩の藩医から戊辰戦争の戦傷者医療などで活躍し、やがて北海道開拓に加わった医師・関寛斎の妻、あい。ちょうど今NHKでやっている「八重の桜」の新島八重と同じく、幕末以降の激動の時代を生きた女性の一代記です。
冒頭、あいが少女時代に夢うつつの中で見た、山桃の木にとりすがる少年の光景から語り起こされます。やがてその少年は成人し、関寛斎の名で医療に身を捧げることに。あいがその寛斎と祝言を挙げたのは、18歳の時でした。
「蕪かじり」と言われた房総の寒村に生まれ、夫とともに日本の各地を転々としながら家計を支え、何人もの子供を生み育てたあいの人生は決して安穏なものではありませんが、家族や周囲の人たちを全力で愛し続けたことが伝わってきます。これは恐らく特別な人の話ではなく、嵐のような時代を懸命に生きた多くの女性の物語なのだな、と思いました。
実在の人物に材をとっているだけに「みをつくし」や「銀二貫」よりも重厚な筆致で書かれている印象ですが、人の絆や優しさを丁寧に描いている点で共通しています。世に時代小説は多いですが、例えば田舎の祖母の思い出話などを聴いたときに似た、どこか身近で懐かしく、温かさを感じる物語です。

梅の花も綻び始めました。まだ冷たい空気の中、凛とした花の色が春の予感を感じさせます。(2013年-13冊目)☆☆

(4月4日追加)
「みをつくし料理帖」シリーズの新刊は、6月に発売らしいですね。
今から待ち遠しいです。

(5月22日追加)
新刊のタイトルは「残月」、6月15日発売だそうです!
澪の運命がこれからどうなるのか、先が気になります。

「島へ免許を取りに行く」


◆2013年1月31日
「島へ免許を取りに行く」(集英社インターナショナル)
星野博美

この本を知ったのは、書店で平積みになってるのを見かけたのがきっかけです。著者は大宅賞受賞のノンフィクション作家だそうです。
40代独身、愛猫をなくした上に人間関係にトラブルを抱え、引きこもってテレビばかり眺めていた著者が、「日常に風穴を開けよう」と決意し挑んだのは運転免許を取ること。
数多い選択肢から選んだのが長崎・五島での合宿免許。飛行機と舟を乗り継ぎ、島へ。そこで待っていたのは、とびきりの自然と、久しく忘れていた、未知の何かに取り組むという経験でした。

この本の舞台は、はるか西の海上にある福江島。この前に読んだ「神去なあなあ夜話」(三浦しをん著)が山の生活を描いていたのに対し、こちらは海のある生活。おまけに教習所には山羊や馬がいたり、路上では路端で牛が草を食んでいたりという非日常空間です。
大人になってから、仕事などと関係なく誰かから何かを教わるということはあんまりないですよね。島という別世界で、子供にかえったような気持ちで目標に取り組む著者。そこには小さな挫折もあれば、希望もあります。「何かができるって、こんなに楽しいんだ。そして人から褒められるとはこれほど嬉しいことだったのだ。何十年も忘れていた感覚だった」と気付きます。
島で教習を受ける毎日、予想もしないようなことが次々に出てきて面白いです。そのたびに著者が一喜一憂するさまが微笑ましく、遠い昔に路上教習や仮免試験で感じたドキドキを思い出しました。一方、東京に帰って以降の話はいま一つ興味が湧かず、個人的には蛇足の感が否めません。
訥々とした九州弁と、著者が会った五島の人たちの親切さが心に残りました。

読んだあと、ごとう自動車学校のホームページを見ました。
イメージビデオみたいな動画があって爆笑しました。ここの教習所には本当に馬や山羊がいるんですよ!!
犬のマリアや猫の親子もかわいいです。癒されます。
リンク→http://www.ds-gotoo.com/

(2013年-12冊目)☆

「風祭」


◆2012年1月21日
「風祭」(角川文庫)
平岩弓枝

昭和58年(1983)に雑誌連載された平岩弓枝のミステリー。

名家出身で莫大な資産を持つ40代独身の美人女性・三重子が旅行先のレマン湖畔で出会ったのは、かつての縁談相手だった佐和木という男。
帰国後二人は親しくなり、結婚。しかし佐和木の留守中、中野和子というルポライターが三重子を訪ねてきて、佐和木の前妻二人が外国旅行中に不審な事故死を遂げていると告げる。

かの有名な「疑惑の銃弾」が週刊文春に連載開始されたのが昭和59年1月下旬とのことなので、 本作の連載はそれより前のようです。
本作中、佐和木の前妻の一人はロスで事故死したことになっており、その意味でもあの事件を思い出させます。不思議な類似です。本には時々こういうようなものがありますね。
それはともかくとして、本書の分りやすくストレートな筆致に、読んでいて素直にハラハラさせられます。細部まで著者の目が行き届いたストーリー。ヒロインは、外国映画だったら、きっとオードリー・ヘプバーンとかがやりそうな正統派。
「御宿かわせみ」などの時代シリーズだけでなく、長年に渡って幅広いジャンルの作品を書き続けている著者の多彩さを再認識させられます。(2013年-10冊目)
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