◆2013年11月28日
「黒書院の六兵衛 上・下」(日本経済新聞出版社)
浅田次郎
着想の面白さには、さすが著者、と思いました。
大政奉還後の江戸。無血開城されたはずの江戸城・西丸御殿に、なぜかじっと居座り続ける一人の男。
官軍の先触れとして城に入ることを命ぜられた尾張藩の下級武士・加倉井隼人は、この異常事態を無事納めることができるのか!?
(以下、ネタバレあります。未読の方はご注意願います。)
最初は可笑しみがあります。
突然大役を仰せつかって、精一杯官軍らしく振る舞おうとする加倉井と、時ならぬ事態に右往左往する幕臣たち。しかし、この六兵衛が“いないはずの武士”であることが分かってくると、不自然な状況の圧迫感がじりじり迫ってくるようになります。
六兵衛が玄関に近い書院番士の詰所から移動していくに従い、対する人物もどんどん格上に。六兵衛の正体は誰か?という疑問はやがて、彼は何故こんな行動をとっているのか?という興味へと移っていきます。
私が思わず感動してしまったのは、皆で謀って六兵衛に鰻を食べさせようとするくだりでしょうか。ここの加倉井の大村益次郎への言葉が良かったです。
大村は新政府軍の将として、上野に立て籠る彰義隊に大砲を打ち掛けた人物。一方の加倉井は、官軍先手の尾張藩士といっても江戸生まれ。故郷への愛着が立場を超えてほとばしり出た、という感じでした。ここから続いて、徳川宗家を幼くして継いだ亀之助君の行動が描かれるに至り、うるっときました(この場面の挿絵にも)。
旧時代の武士道の精華をうたった幕切れには、爽やかさとある種の滑稽さ、そして時代の転換に伴う寂寥感が。
複雑な設定がなく、ほぼ語りの力でラストまで持っていくので、途中やや中だるみなところもあるとはいえ、それでも面白い小説だったと思います。
写真は、東京・田町の「西郷・勝会見の地」。両者が江戸城無血開城を話し合った薩摩藩屋敷跡だそうです。
(2013年-97冊目)☆☆