千両過眼

東京在住の会社員です。読書、舞台、展覧会の感想などを書いています。

2016年03月

「ほとけの教え、とこしえに 仏教絵画名品展」

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○2016年3月20日
「ほとけの教え、とこしえに 仏教絵画名品展」(根津美術館)

仏教絵画といっても私には、脇侍や持ち物から、お釈迦様だなとか弥勒菩薩だな、ということがせいぜい想像できる程度です。仏像や仏画は、それそのものが信仰対象としての長い時間の集積があり、このような美術館で、どのように見るべきものか考えさせられるところです。
本展では、わが国が大陸から受容し、または国内に流布した時期とともに、その信仰世界を表す仏画や曼荼羅を展示しています。

中尊寺伝来という、平安後期の大日如来像に目が釘付けでした。華麗豪華な衣の装飾、顔の微妙な色合いまでが、何百年を超えてはっきりと残っており、存在感が半端なかったです。
「兜率天曼荼羅」は、グリーンの床や建物一面に截金模様が施されていて、とくに御堂の中の弥勒像と宝冠から光が迸る表現になっています。何となく弥勒菩薩は一人で修行しているような気がしていましたが、兜率天とはこんなに仏様がたくさんいるところだったのか、と思いました。
垂迹画では、春日社の社殿と背景に御葢山を鳥瞰的に描き、上方に本地仏を描いた春日宮曼荼羅など。そういえば最近美術館で、よく春日信仰に関わるものを見ます。
美術館所蔵の「那智瀧図」の展示は今回なかったです。

二階展示室では「旧竹田宮家のおひなさま」「春情の茶の湯」。龍泉窯の青磁輪花鉢など。ここには青磁の優品が多いです。

「ウェストサイド物語」(2016年2回目)

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2016年3月29日
「ウェストサイド物語」(劇団四季,四季劇場<秋>)
出演:上川一哉 神永東吾 岩崎晋也 相馬杏奈 原田美欧 山本紗衣 岡村美南 萩原隆匡 松下武史 志村要ほか

新演出になって2度目の「ウェストサイド物語」。
前回テンポよいと感じた割に「ウェストサイド」を観たという感じがあんまりしなかったのですが、もしや私は旧演出派だったのだろうか?
もともと作られた時代のテイストも含めての作品と思うので、むやみに新しい服を着せる必要はないと思ってるのですが、それでも「レ・ミゼラブル」などに比べて、「ウェストサイド」の新演出は、かなり上出来の部類だと思います。

さて、この日のサプライズは、何といっても上川リフです!
リトルマーメイドやウィキッドにもご出演の、きらきらファンタジーの正統派王子様役。松島リフのようなふてぶてしさ、重々しさはもちろんないのですが、ちょっとお坊ちゃんぽく、何というか一生懸命な感じのするリフでした。
トニーをダンスパーティーに誘いに来るところは、ひたすら甘える感じの松島リフに対し、やや節度ある印象。
いよいよベルナルドとの決闘の場面。ガタイのいい萩原ベルナルドに勝てる感じが全然しなかったです。たまたまですが、珍しいキャストが見られてラッキーでした(笑)

これ以外の変更キャストは、ビック・ディール大木智貴、エニイ・ボディズ馬場美根子、コンスェーロ秋山舞、ドック松下武史、クラプキ中村伝ら。
閉塞感あふれるこの世界で、ただただ夢を見続けるトニーとマリアを神永東吾と山本紗衣が好演しています。ラストの場面で大泣きする山本マリアにもらい泣き。
今日はカーテンコールが何度もありました。カテコを重ねるうちに、最初は深刻そうな出演者たちの表情が徐々に緩んで穏やかになっていくのが印象的でした。

「異類婚姻譚」

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◆2016年3月27日
「異類婚姻譚」(講談社)
本谷有希子

ユーモラスな話かと思いきや、怖いです。本書所収のどの短編も、日常にふいに差し挟まれる恐怖を描いています。
表題作「異類婚姻譚」において、最初の異変は「夫と自分の顔が似てきた」。やがて夫の顔のパーツが崩れ始め、別の何ものかに変貌していく。
夫が自分に似る一方で、自分もどうやら夫に近付いていってるらしい。
夫婦の顔が似る、子供や孫の顔が親に似る、犬が飼い主に似てきた…。「似る」ということは、親密さや血筋の近さを表して、一般的には微笑ましいものと思いがちだけれど、これらの相似が互いの欠点や自堕落な部分だったとしたら、果たして喜んでいられるものだろうか。
この短編はこういう日常感覚を暗喩的につづったもので、「異類」同士の違和感がエスカレートしていく気持ち悪さが表現されています。そのことが果たして面白いかというと微妙な気がしますが。

写真は、六本木ヒルズのチューリップ。同じ色の花が一面に咲いていてきれいでした。
(2016年-17冊目)

宝塚宙組「シェイクスピア」「HOT EYES」

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●2016年3月26日
宝塚宙組公演
ミュージカル「Shakespeare シェイクスピア~空に満つるは、尽きせぬ言の葉~」
ダイナミック・ショー「HOT EYES!!」(東京宝塚劇場)
出演:(宙組)朝夏まなと 実咲凛音 真風涼帆 澄輝さやと 愛月ひかる 蒼羽りく 美月悠 桜木みなと 伶美うらら(専科)美穂圭子 沙央くらま

宝塚宙組公演を観ました。シェイクスピアを題材にしながら、シェイクスピアぽくない話です。悲劇にしたいんだか喜劇にしたいんだか、その辺も不明。
ひたすら夢見がちで劇作家というより詩人ぽく、生活者として大丈夫かな、と思わせるウィリアムが、妻アンに去られ、次第に紡ぐべき言葉を失っていくという暗い展開の前半。
朝夏まなとが、周りが見えなくなっていく様子を好演。でも持ち前の優しさや包容力を出せる場面がほとんどなく、結局最後もアンに一方的に救われるので、あんまり素敵に見えず残念。
政治的野心のためにウィリアムを使い、民衆煽動を企てるジョージ・ケアリーを真風涼帆。押し出しが立派で貴族ぽく、ヒゲが似合っています。さらにこのケアリーを陰で煽っているのが妻ベスの伶美うらら。この二人が悪っぽく、芝居心が感じられて楽しいです。伶美の美貌が説得力ありました。
ウィリアムとケアリーたちが逮捕されてしまう後半。ロンドン塔送りにならないため起死回生の芝居を書くことに。ここで悪役と思ってた愛月と桜木が、突然シェイクスピアを庇い始め、余りに予想外のことゆえ感動してしまいました。
さらに、いきなり腰砕けた感じの真風ケアリーの「お前、アイアンメイデンって知ってるか?痛いんだぞう」から、一転コミカルにシフトチェンジしてしまうのが、思いも寄らない展開で。「陛下はイケメン好きだから」とか(笑)。結局、一枚も二枚も上手の女王陛下の掌で転がされていたということですね。美穂圭子の貫禄で、芝居上のバランスも保たれた印象です。
始め「ふん」と横目で見ている、ケアリーの政敵セシルの部下役の美月悠が、ウィリアムとアンのやり取りを見て、最後はハンカチで目を拭ってるのがツボです。
やや強引な感じのするハッピーエンドではありますが、宝塚の消化しづらいバッドエンドは嫌いなので、まあ、良かったです。

ショーは「HOT EYES」。藤井大介演出ということで楽しみにしていたのですが、突き抜けたテイストではなく、細かいシチュエーションドラマの積み重ねのようで、いつもと違う感じを受けました。
朝夏まなとのどこか文学的な雰囲気がそうさせるのか、または二番手・真風との組合せのためなのかは判りませんが…。
「め組の人」「キッスは目にして」など、中盤で歌謡曲ナンバーが多用されていますが、この時代の歌は私にはどうもピンとこないです。
一番印象的だったのは朝夏、真風、伶美が中心の「Dark Eyes」でしょうか。やや踏み込んだ演出。こちらでは春瀬央季とともに美月悠の黒髪美人も見られます。
この日は前方席だったので、銀橋や客席下りが多くて楽しめました。あのピカピカの派手衣装が次々入れ替わっていくのは壮観。
終演後、トップスター朝夏まなとの挨拶がありました。

「平城山を越えた女」

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◆2016年3月9日
「平城山を越えた女」(徳間書店)
内田康夫

仏像めぐりが趣味の阿部美果は、たまたま同じ大覚寺に居合わせたルポライター・浅見光彦とともに、失踪した娘を探しているという中年男・野平と知り合う。
後日、若い女性が殺害されたと聞いて気になった美果は野平に電話を掛けるが、自分も娘も京都になど行っていないと、すげない応対をされてしまう。

この阿部美果という女性は弥勒菩薩に面差しが似た設定。かなり前に書かれたようですが、奈良という舞台のゆえかロマンチシズムを感じさせる作品。
昭和18年に盗難に遭ったという新薬師寺の「香薬師仏」の在処をめぐる謎が中心の話。
マニアの仏像への耽溺がどんなものなのか分かりませんが、信仰対象への度を過ぎた執着が犯罪に結びつくとしたら罪深いことです。モデルが本物の未解決事件だけに、読んでいて落ち着かないです。
途中まではいい雰囲気の作品ですが、例によって風呂敷が広げっぱなしの印象。勿体ないです。
(2016年-15冊目)

「バロン住友春翠 邸宅美術館の夢」

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○2016年3月
住友春翠生誕150年記念特別展
「バロン住友の美的生活 美の夢は終わらない
第一部 バロン住友春翠 邸宅美術館の夢」

明治期に住友家の15代目・春翠は須磨別邸を築き、ここで多くの美術品を集めました。写真や設計資料、模型等でこの洋館の様子を窺い知ることができます。

それにしても長いタイトルの展覧会。
何年振りかに「虎(コ)ユウ」を見ようと思って行ったのですが、なんと前期で展示が終わってました…。
「一昨日までで終わりました。今頃は京都に帰る頃だと思います」と係りの人。
虎ユウは、西周時代の青銅器で、神虎が邪鬼を食らう姿とも、虎が人を守る姿とも言われています。
それで、いつか買おうかと迷っていた虎ユウのフィギュアを、ついに買いました。

原田西湖という人の「乾坤再明」という絵を見ました。ここに描かれてる女性が、解説文だと天照大神なのか天鈿女命か、よく分らなくて。
前者だったら、もっと玉とか翡翠とか付けてそうなイメージですが、後者にしてはやや上品過ぎる感じがする。少なくとも激しく踊っているようには見えない。
答えは、やはり天鈿女命だそうで、よく見ると画面左側から目映いばかりの光が当たっています。光が当たってるってことは光源があるわけで、すると照らされている方は天鈿女命ということに。
小杉放菴の「天のうずめの命」とイメージは全然違うけれど、そういえば放菴のも日輪が左手に描かれています。
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写真は絵はがきより、(左)虎ユウ、(右)「乾坤再明」
ほかにモネのいつもの2作品、ローランス「年代記」、藤島武二「幸ある朝」、鹿子木孟郎「加茂の競馬」、田能村竹田「梅渓閑居図」、白玉香炉、煎茶道具など。

「永樂 歴代と永樂善五郎展」

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○2016年3月12日
「永樂 歴代と永樂善五郎展」(日本橋タカシマヤ)

先週、高島屋で永樂展を見ました。永樂家は千家十職の一つ「土風炉・焼物師」。京焼の名家で、当代善五郎までで十七代を数えます。
先代、即全までの歴代作品とともに、利休の土風炉の切形だとか、いろんな資料が揃っていて、私には初めて見るものばかり。

永樂家は、十一代保全が紀州藩の御庭焼(偕楽園焼)において、藩主徳川治宝から「河濱支流」の金印と「永樂」の銀印を拝領したことから、「永樂」の号を使うようになったそうです。
紀州御庭焼というと、樂家や仁阿弥道八、表千家家元も参加したと言われてて、その時の作品なども目にすることがあります。確か三井家当主高祐の茶碗に、藩主が絵付けしたものも三井記念美術館にありました。

写真は絵はがきから、十一代保全「金襴手葵御紋茶碗」です。

ミュージカル「ジキル&ハイド」

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●2016年3月9日 夜公演
ミュージカル「ジキル&ハイド」(東京国際フォーラム)
出演:石丸幹二 濱田めぐみ 笹本玲奈 石川禅 畠中洋 花王おさむ 今井清隆

初めてミュージカル「ジキル&ハイド」を観ました。
19世紀のロンドン。医師ジキル博士は、世の中を良くするための画期的な発明として「人間の精神の善悪を分離する薬」を開発し、理事会に人体実験の許可を求めますが否決されてしまいます。
思案極まった博士は、ついに自らが実験台となることを決意。そして起こったこととは…。

子供の頃、「ジキル博士とハイド氏」の白黒映画をテレビで見て、とても怖かったことを思い出しました。多重人格ということを初めて知ったのはこの映画でした。
本来二元論的に色分けできるはずのない善悪を表裏一体の精神として表現したところが、この作品の面白さかと思います。
石丸幹二が、真面目なジキルと殺人鬼ハイドを演じ分けるのが何といっても妙味です。とくにハイド化したときのギャップ、人格交代過程での葛藤の表現、この辺りが素晴らしく、さすがの貫禄でした。
とくに後者の、両方の人格に挟まれた演技においては、この作品での人間の本性というのは善なのだろうか、それとも善でも悪でもない別の何かだろうか、と考えさせられました。
ジキルに愛を求め、一方のハイドからは執着される娼婦ルーシー役が濱田めぐみ。自室でジキルの手紙を読み、新生活を夢見る場面に幅を感じさせました。
一方、もともと歌が並外れて上手い人なのに、役に合わせたのかベタベタした歌い方に不満が残りました。何でもこなしちゃう人ですが、そろそろ彼女の格好いい役も見たいところです。
ジキルの婚約者・エマは笹本玲奈で、気品と愛情の両方が感じられて素晴らしかったです。

音楽はフランク・ワイルドホーンで、私は、どれも同じように上がったり下がったりする彼の曲調が好きではないので、今一つ気持ち的に乗り切れないところがありました。ただ「時が来た」や「対決」は石丸さんの歌唱が余りにすごくて、圧倒されました。
何の予備知識もなく観たのでラストシーンは驚きましたが、変に感情に流される演出でなかったのが良かったです。

「ウェストサイド物語」

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●2016年3月8日
「ウェストサイド物語」(四季劇場<秋>,劇団四季)
出演:(ジェット団)松島勇気 神永東吾 岩崎晋也 相馬杏奈 原田美欧 ほか(シャーク団)山本紗衣 岡村美南 萩原隆匡 畠山翔太 ほか(おとなたち)荒井孝 志村要 荒木勝 ほか

新演出版の「ウェストサイド物語」を観ました。
幕開きから、ジェットとシャークの小競り合いがノンストップで描かれ、スピード感がこれまでの5割増ぐらいに感じました。
もともとこの舞台、冒頭の代名詞的yyyのダンスや体育館でのパーティ、「アメリカ」「トゥナイト」など、とても好きなシーンがいくつかあって、それが観たくて劇場に行く、というようなところがあったんですよね。
一方で、ちょっと長い、と感じる場面も旧演出版ではあったのですが、今回整理されたのか、流れとしてずいぶん観やすくなりました。たとえばリフがトニーを誘いに来る場面、ブライダル店でのくだりなど、いつも退屈に思っていた場面が気になりませんでした。
脚本上のテンポアップがなされているような気がしますが、加えて従来の「型」にも様々な工夫が加えられた気がします。
四季HPのジョーイ・マクニーリーのインタビューに「初演のレプリカから抜け出す」というコメントがありました。俳優の感情表現を重視してリアリティを出そうという試みが成功しているように思えます。ただ反面、この生々しさが悪い方に出ていると思うところもないではないので、何度か観るうちに自分なりの評価が生まれてくるかなと思いました。

出演者は、ほぼ予想通りでした。
ジェット側では、松島リフがこの人以外ないだろうという適役。神永トニーは高音がきれいで夢見がちな雰囲気が合っていると思います。リフがトニーの前では弱気を見せたりして、二人の関係がリアルに感じられるので、1幕ラストでトニーが思わず…という流れが自然。
前回リフを演じた岩崎晋也は、今回アクション役で真面目にコワイので、「クラプキ巡査」の場面が浮き気味でした。
シャーク側は、萩原ベルナルドが何だか堂々とし過ぎていて、もっと鬱屈があってもいいかも。アニタの岡村美南は技量としては申し分ないですが、キャラ的に私のイメージとはちょっと違いました。
山本紗衣のマリアは「トゥナイト」五重唱での歌唱が素晴らしいです。ラストでのマリアの慟哭がすごくて、もらい泣きしそうでした。純粋ゆえの無神経さと強さが同居した、いいマリアだったと思います。
全体に四季特有の母音法ぽいセリフ回しが今回あまり感じられず、自然に聞こえて、その辺りも観やすくなった要因の一つかと思いました。

「夜光の階段 上・下」

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◆2016年3月5日
「夜光の階段 上・下」(新潮文庫)
松本清張

ずいぶん長い時間かかって、松本清張「夜光の階段」を読み終えました。
女たらしの美容師が、女性を食い物にして成り上がっていくピカレスク小説。金を貢がせ徹底的に利用し、都合が悪くなると口封じ。それはもう悪辣非道。
この美容師、佐山道夫は特にイケメンでもなく、そんなに特徴的でないというのが造型の妙です。なんでこんな男に…と思ってしまうのです。
道夫の恋人だと自任している二人の女が道夫の出張先の福岡までやってきて、かち合うくだりがあるのですが、相手に疑惑を抱かせないように道夫が必死で調整するマメさが印象深かったです。
この小説が発表されたのは1970年頃。美容室はパーマ屋と呼ばれてて、当然カリスマ美容師という言葉もなかった時代。今読むと最先端の職業を描いてるわけですが、彼と彼を取り巻く人物たちの人間模様は、現代よりもずっと分かりやすかったです。
(2016年-14,15冊目)

「生誕290年 勝川春章と肉筆美人画」

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◯2016年3月6日
「生誕290年記念 勝川春章と肉筆美人画ー〈みやび〉の女性像」(出光美術館)

浮世絵というとどれも同じように見えて、私には作者の区別もつかないのですが、今回の展覧会は面白く見ました。
歌麿や北斎、写楽に代表される多くの浮世絵から感じられる、こってりしたところは好きではありません。しかし、春章の肉筆美人画は典雅で美しいと思いました。

浮世絵の源流ということで、入るとすぐに所謂「寛文美人図」が並んでいます。
図像的には、伊勢物語の河内越の見立てが流行したのが由来ではないか、と奥平孫六氏の本で読んだことがあります。実際、初期から春章の頃までの美人図には大和絵との関連を思わせるものが多くて、なるほどと思いました。
春章や西川祐信には和歌や王朝文学などに取材した、文学的意匠があしらわれているものが見られます。また、雪月花などを背景にした抒情的な作品からは、近代美人画との共通点も見出せそうです。
この頃の浮世絵師は大和絵師と呼ばれることを好んだと言いますから、目指すところは意外と近いのかも。
宮川長春「立姿美人図」が、以前切手になってた懐月堂派の作品を思い出させました。

春章の美人図は、立ち姿や等身のバランスが絶妙。少し身体を反らして足先を見せたポーズが美しく、均整が取れています。
着物の文様も精緻で品良く、肉筆浮世絵によくあるくどさがありません。
浮世絵というと庶民のものという感じがしますが、こと春章の肉筆に関しては注文主の階級や好みを反映してか、ときには賛まで添えられて、大量生産品とは全く違うのだなと気付かされました。
達磨の座禅(面壁というらしい)と、遊女奉公の期間を掛けた「遊女と達磨図」というのが、手紙を読む遊女が達磨に寄り掛かっているように見えて、妙になまめかしいです。
のんびり見ていると、面白いものがありました。
酒井抱一の「遊女と禿図」。顔立ちは春章の描く美人とよく似ているのに、体つきは妙に太って見え、姿も美しくありません。あれだけ器用な抱一でさえ、女性を粋で格好良く描くのが、かほどに難しいとは!!
焼き物では古九谷風の「色絵蜃気楼文大皿」の、貝から中国の楼閣のようなのが現れている図柄が珍しかったです。帰宅して調べたら、古代には、蜃気楼は大ハマグリに似た幻の生物が生み出すと言われていたらしいです。

「没後100年 宮川香山」展

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◯2016年2月28日
「没後100年 宮川香山」(サントリー美術館)

「没後100年記念 宮川香山展」に行きました。
京都に生まれ、幕末から大正期にかけてかけて活躍した陶工・宮川香山の作品が集められています。
明治以降、香山の真葛焼は海外で評価され、その多くが輸出されたといいます。
展覧会の前半は、高浮彫といわれる作品群。
超絶技巧というんでしょうか、とにかく精巧な鳥や動植物が浮彫された花瓶や器物が所狭しと並んでいます。この印象をひとことで言うと「過剰」ですね。
ロココやアールヌーヴォー風のヨーロッパ装飾磁器にこういうのがありますね。バターや生クリームが(和物だからアンコか)たっぷり使われたお菓子をお腹いっぱい食べたような気がして、しばらく見てると「もういいです…」という感じです。
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香山の本当にスゴイところは、作風ががらりと変わる後半じゃないでしょうか。
釉薬や、下絵に釉薬を上からかける釉下彩の研究を重ねたそうで、さまざまな色合いの磁器を作り出します。
展示されている作品で、珠翠釉や琅かん釉という不思議な色の磁器を初めて見ました。釉下絵の施されたものの中には、板谷波山との距離の近さを思わせるものもありました。
青磁の龍頭鷁首の花瓶が美しいです。
前半の過剰感はすでに影をひそめ、国籍不明だがすっきりした趣。抑制が効いて、職人技から芸術を感じさせる作風への転換。
ポスターの写真からは、猫のフィギュアを見に行くような気持ちでいましたが、実際見終わった感想は全然違うものになりました。
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