千両過眼

東京在住の会社員です。読書、舞台、展覧会の感想などを書いています。

奥田英朗

「無理 上・下」

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◆2015年9月19日
「無理 上・下」(文春文庫)
奥田英朗

街のショッピングモールにある観覧車も停止したままの地方都市。曇天が垂れ込めたようなこの街に暮らす人々。
悪質訪問販売、生活保護費の不正受給、家庭内暴力、ブラック企業…。昨今の新聞を賑わせているような問題が次から次に出てきます。そういう意味では、小説であるにも関わらず、社会の断面を切り取っているともいえます。
もちろんそれだけでは終わらず、一人一人の個人的物語が鋭く掘り下げられているのが見どころ。

たとえば親の地盤を引き継いだ市会議員。土木工事絡みで欲を出したばかりに、にっちもさっちもいかなくなる様子が、妙なリアリティがありました。
最初ばらばらだった物語が一つに収斂していくところは伊坂幸太郎の作品に似てなくもありません。但し、そのリアル感、俗っぽい生々しさは、どこか現実感の薄い伊坂作品と対照的。
人間の底知れない欲望や、そこにはまり込んで身動きもならなくなった状態、さらに金銭をめぐる極限状態。こういうものを描くのが、この著者は本当に上手いです。登場人物達のすさまじい「無理」さ加減に圧倒されました。
(2015年-35,36冊目)☆☆

「噂の女」

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◆2015年9月17日
「噂の女」(新潮文庫)
奥田英朗

ホークス優勝おめでとうございます!!
内川選手の涙に、テレビを観ていてじんとしました。

奥田英朗の「噂の女」を読みました。とある地方を舞台にしたピカレスク小説。10の短編の背景に見え隠れする、ある女のストーリーが縦糸になっています。
官民の癒着とか業者同士の談合とかが幅を利かせる田舎町。地域経済は地盤沈下し、暮らす人々の間に漂う沈滞ムード。この街の裏側で、植物が地下に根を張るように、じわじわと存在感を増していく謎の女、美幸。
始めは中古車屋の事務員。次は麻雀荘店員。その次は…。
彼女の魔性っぷり、そして成り上がっていく過程は怖ろしくもありますが、その手並みは鮮やか。そして第三者的視点で見れば、彼女は閉塞感溢れたこの街に風穴を開けているようにさえ見えるのです。
直接手を下す場面はないとはいえ、その印象はかなりグレイ、いやブラックなので、いつ本性が露見するか、読者はドキドキしながら見守ることになります。

そういう意味で、犯罪小説ではあるけれどもミステリーではない描き方が、この作品では成功しているといえます。
作中で美幸の印象を形作っている一つの要素は街の噂話です。
ツイッターとかでなく地域社会の口コミ、それも同じ高校や短大でどうだったとか、知り合いの誰それが怖い目に遭ったとか、彼女に関する噂は水面下で流布され、次第に伝説めいてきます。
美幸が何を考えて行動しているのかは語られず、いわば輪郭だけが明らかになっていく中、この虚像と実像が一致していくのが興味深かったです。
(2015年-34冊目)☆☆☆

「ナオミとカナコ」

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◆2014年1月3日
「ナオミとカナコ」(幻冬舎)
奥田英朗

正月休みの間に、奥田英朗さんの「ナオミとカナコ」を読みました。まさに手に汗握る展開でした。
(ややネタバレあります。未読の方はご注意下さい)

直美と加奈子は大学時代からの親友。直美は日本橋にある百貨店の外商勤務、加奈子は専業主婦で銀行員の夫と二人暮らし。対照的な二人ですが、序盤は直美の大金持ちの顧客たちの話で、掴みはバッチリです。
加奈子のDV話が出てきた辺りから、様相は一変します。
夫への恐怖が先に立つ加奈子に対し、明美が言い出します。「いっそ、二人で殺そうか。あんたの旦那」
普通に考えれば余りにも飛躍した提案。しかし、この辺りの会話の説得力が絶妙でした。

とにかく、女性二人のバイタリティというか強さに圧倒されます。
初めは二人とも世間の荒波に今にも沈んでしまいそうだったのが、どんどん強くなっていくんですよね。とくに最初はDV夫に支配されるだけだった加奈子の肝が座っていく、その変化が興味深いです。
理屈より感覚優先で物事を決めていくところとか、場当たり的なのと計画性のバランスが取れていないところとか、あるいは不思議な自己肯定感とか、二人の行動と思考は危なっかしいながらも、これぞ人間!という感じで、そういうところにリアリティを感じました。
今年読んだ最初の本でしたが、期待に違わぬ面白さでした。

写真は、カレッタ汐留のイルミネーション。1月12日までやっているそうです。
(2015年-1冊目)
☆☆☆☆
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