◆2019年7月6日
「月人壮士」(中央公論新社)
澤田瞳子
舞台は奈良時代。
聖武太上天皇の崩御後、朝廷を退いて隠遁生活を送る橘諸兄が、道鏡らに太上天皇の遺詔をさがさせる、という話。
すでにこの時、孝謙天皇が即位しており、崩御の間際に皇太子として、長屋王の甥にあたる道祖王が指名されている。
物語では、光明子ほかさまざまな人が、聞かれるがままに、在りし日の聖武天皇のことを語る。
浮かび上がってくるのは、自他ともに「全き天皇」となるべく望んでいた聖武天皇が、その身体に、臣下である藤原氏の血が流れていることを厭い、恨んでいたということ。
平安期になると、藤原氏が天皇の外戚というのが当たり前であったので、その一時代前の聖武天皇がこのような葛藤を抱えていたかも知れないと考えると、目からウロコが落ちる思いでした。
確かに、この悩みゆえに聖武天皇が仏教に傾倒したり、何度も遷都を実行したりしたのだという本書の動機付けは説得力があるかも。
一方、読み物として面白かったのは、皇太子時代の孝謙天皇と異母弟の安積親王のエピソードですね。公私の間で身動きの取れない立場がよく表されています。
本書は、海と山の二者対立を描くという「螺旋プロジェクト」の一冊。
古くよりこの国を統べる存在である天皇家を山、臣下から成り上がってじわじわと皇族を侵食していく藤原氏を海、と位置付けています。
私が読んだのはこれで二冊目。二者対立以外の縦の繋がりは見えてこないのですが、他にもあるのでしょうか。気になります。