千両過眼

東京在住の会社員です。読書、舞台、展覧会の感想などを書いています。

望月諒子

「フェルメールの憂鬱 大絵画展」

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◆2016年7月8日
「フェルメールの憂鬱 大絵画展」(光文社)
望月諒子

ベルギーの片田舎の教会から、壁に架かっていた古い絵が盗まれる。これが実はブリューゲルの真作で、と掴みはバッチリ。
牧師のキャンベル(神父じゃないのか?という疑問は措いといて)から取り戻してほしいと頼まれるイアン。しばらくして、スイスのロシア人富豪宅からフェルメールの宗教画が発見された、というニュースが。
絵をめぐって騙し騙され、コンゲームの幕が上がります。

あの「大絵画展」の第2弾です。
前作が面白かったので読めて嬉しいです。といっても、ストーリー上のつながりはないようです。
(前作感想)→http://senryokagan.blog.jp/archives/1009979597.html

METからのフェルメールの「少女」強奪事件、絵の盗難に遭ったロシア人、宗教を隠れ蓑にした資金洗浄…。これらがつながっていく展開にわくわくしました。
芸術作品を間においた、人間の金や名誉への執着は凄まじいです。そもそも絵画にはそういう側面が少なからずあり、画家が心血を注いだ作品に得体の知れない金や贋作が絡んでいく、絵画が持つ宿命でしょうか。
私達が美術館で感動したりしている裏にも、いろいろ一筋縄でいかない事情があるのだと思わされます。
文章は基本的には好みですが、時々場面が飛んだり主語が省略されたりして、分かり難いところがあるのが勿体無いと思いました。

途中、作中人物がフェルメールの各作品に関して批評を展開する場面があります。見たことある絵もあり、興味深かったです。
とくに「青いターバンの少女(真珠の耳飾りの少女)」がかなり…。フェルメール好きの人は読まない方がいいかも…(笑)
確かにフェルメールには「これって本当にすごいんだっけ?」と思う絵(図版で見る限り、表紙の「少女」もそう。もちろん個人的にですが)もあって、“仕掛けられたブランド”という言葉になるほどという気持ちも。
あの贋作画家メーヘレンの名前も出てきます。
前作のゴッホといい、今回のフェルメールといい、美術品の価値って一体何だろう、と考えさせられます。
(2016-33冊目)☆☆☆

「田崎教授の死を巡る桜子准教授の考察」


◆2014年9月17日
「田崎教授の死を巡る桜子准教授の考察」(集英社文庫)
望月諒子

望月諒子さんのユーモア・ミステリーです。「大絵画展」以来、著者の本は気になっています。
先頃出た「ソマリアの海賊」は、展開が劇的な割にいまいち盛り上がりに欠けるなあ、という感じでしたが、最初と最後に登場する、本田宗一郎ばりの経営者のエピソードが妙に印象に残りました。このためか読後感もとても良かったし。
著者の作品に何気なく現れるこういう描写。なんか惹き付けられるんですよねえ。そういえば「大絵画展」の“ゴッホさん”、画家の本質に関する記述もそうでした。
本筋と関係あるような、ないような。もしかするとそれは、しばしばストーリーに引っ張られて出てくる、著者自身の声に近い部分なのではないかと。

この「田崎教授の死を巡る桜子准教授の考察」ですが、ストーリーはさほど斬新というわけではありません。
立志館大学の桃沢桜子准教授(42)が、学内で起きた教授の変死事件(とそれにまつわる諸々の事件)を解決に導いていくという、まあ、ありがちな内容。教授の死の謎もはっきり言ってどうでもいい感じです。
ところが、桜子准教授がブツブツと独語するような身辺事象に関する考察や、時折放つ警句めいたセリフが、なんか気になるのです。
たとえば、
「翻訳家は文学はわからないけど言葉にはうるさい」
「学問でウケがいいのはだいたいがホラ話だ。不特定多数が喜んで受け入れるようなものは学問の中にはない」
実在する超人気作家がモデル?と思われる人物を評して、
「存在価値は“成長しないこと”“同じところをくるくる回り続けること”。それでどんな小説よりもはるかに売れるという地位を得ている」などなど。
皮肉っぽいんだけれど頷ける部分があって、ややアカデミックでもある。この辺り特徴的かも、と思います。
そういうところが気になって、次の作品が出たときにも、ついつい手にとってしまうのかも知れません。
(2014年-52冊目)

「ソマリアの海賊」

◆2014年8月29日
「ソマリアの海賊」(幻冬舎)
望月諒子

自動車メーカー、舘岡自動車社長の、直筆スピーチ原稿の消失事件が発端です。
車の金庫に仕舞われていた原稿を追って、見知らぬ船に乗り込んだ社員の倉木京平。その船は密輸船で、行き着いた先は…。
交通も通信も遮断されたこの国で、なんとか日本へ帰る手段を探す京平でしたが…。

「大絵画展」の望月諒子さんの新刊です。
度重なる内戦による無政府状態。荒廃した市街地、銃撃戦、飢餓、海賊行為。ここに書かれたソマリアの風景は私達の想像をはるかに超えています。一番衝撃的だったのは、この部分でした。

ストーリー自体は、騙す側と騙される側の関係が瞬時に入れ替わるコンゲーム的展開。「大絵画展」もそうでしたが、やはりこの手の作品にはわくわくします。京平を帰国させようとするソマリアの人たちとの交流が爽やかです。
国際社会での駆け引きや思惑が描かれます。事態は思いもよらない方向へ。
ラストで明かされる舘岡社長のスピーチ原稿の内容が心に残りました。そこに書かれているのは経済活動ではない、日本人のものづくりの思想。突然放り込まれた異国で、事態に立ち向かう京平の姿勢は、実はこれに通じるところがありそうです。
「日本の武器は誠意と根性と意地と美意識、善良さと心意気」という言葉、胸を打たれます。

写真は、奈良ホテル、本館の階段です。
(2014年-49冊目)☆

「壺の町」

DSC_0837.JPG◆2012年7月14日
「壺の町」(光文社)
望月諒子

「大絵画展」の作者の新作です。

神戸の住宅地。元不動産屋の夫婦とその娘が殺害され、勤務医の娘婿だけが生き残る。ほどなく浮かんだ容疑者は元従業員。彼等の過去に何が?…というストーリー。

地上げと震災をへて独特の変容をとげてきた町が重要な舞台になっています。主役っぽいキャラクターがいない代わり、この土地を中心に据えて、そこにとらわれてきた人間の、過去と現在から浮かび上がる真実。
「ゴッホさん」の描写が印象的な「大絵画展」でもそうでしたが、この作者の言語センスは独特です。加えて今回は、息苦しいような、全編を覆う閉塞感。
どっちかというと、読んでて苦痛なくらいの話なんだけど、つい先が気になってしまいます。

画像は最近よく見る花、アガパンサス。名前の意味は「愛の花」なんだそうです。(2012年-64冊目)

「大絵画展」

20110402184340.jpg◆4月2日
「大絵画展」(光文社)
望月諒子

「第14回日本ミステリー文学大賞新人賞」受賞の美術ミステリー。
(感想追加あり)
借金を背負ったうえ大金を騙しとられた男女。同じ境遇にある二人が出会い、銀行の倉庫深くに眠るゴッホの「医師ガシェの肖像」を盗むことを持ち掛けられる。
ゴッホが死の直前に描き、友人の医師ガシェに贈ったとされる絵。その後ナチスに押収され、以後蒐集家の間を渡り歩いた曰くつきの作品でもある。90年代、ジャパンマネーで競り落とされたものの、バブル後、他の多くの不良債権化した絵画とともにこの絵は表舞台から姿を消していた。二人は何とかこの絵を盗み出すことに成功するが・・・。

件の絵が表紙になっており、思わず見入ってしまいました。
騙し騙され、息もつかせぬストーリー展開で、とても面白かったです。
バブル期に高値で落札されて、多くの西洋絵画が日本に持ち込まれたことは周知の通りですが、ともすれば金額の多寡で語られるようになった美術品の、本当の価値とは一体何なのか、ということを改めて考えさせられました。

読後非常に印象に残るくだりがあったので、感想追加します。
美術品の真贋をめぐる登場人物の会話の中で“ゴッホさん”に関するやりとりが出てきます。いわく、ゴッホの真作には、どの作品にも近所の人が道で出会えばすぐにわかるような“ゴッホさん”が存在する。贋作には存在しない。それは有名画家としてのゴッホではないし、構図や筆遣いでそれとわかるのでもないのだ、というもの。画家を画家たらしめる何かを見事に表現していて、これだけでも本書を読んだ価値が十分にありました。

いろんな意味で非常に読後感の良い作品でした。(32冊目)
☆☆

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