千両過眼

東京在住の会社員です。読書、舞台、展覧会の感想などを書いています。

有栖川有栖

「狩人の悪夢」

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◆2017年2月21日
「狩人の悪夢」(KADOKAWA)
有栖川有栖

そこで眠ると必ず悪夢を見るという部屋がある…。
人気ホラー作家・白布施の招きで、彼の山荘「夢守荘」に滞在することになった有栖は、問題の部屋で寝付けぬ夜を過ごす。
翌日、かつて白布施のアシスタントが住んでいた近所の「獏ハウス」で異常死体が発見され、火村と有栖がその謎に挑む。

まずまず面白く読めました。
表題からもわかる通り、この作品は二つのイメージに彩られています。
まず「悪夢」。夢を題材にした白布施のホラー小説や悪夢しか見ない青年の話、これに隣人の夢遊病や、例の火村の夢のイメージも重なります。
この延長上に描かれる悪夢のごとき殺人事件。
ここでは、もう一つのイメージ「狩り」が見立て的に投影されます。犯罪そのものは横溝正史ばりの奇怪さなのですが、導入が悪夢の話なのでその続きのように思え、それほど嫌な感じがしないのが救いです。
さらに、火村が犯人を追及していく過程が狩りになぞらえられます。
山荘の清澄な空気感や、白布施や編集者との当意即妙なやり取りなど、有栖の主観による昼間の日常描写と、これらのイメージがよい対比になっています。
どちらかというと描写で引っ張る作品のようで、いつもの奇抜なトリックが抑えられているのもよかったです。

一方で、後半の火村の推理はまどろっこしかったです。
落雷によるクローズドサークル仕立てはいいのですが、犯人追及に際しては、推論をひたすら積み上げていく感じで、これで大丈夫なの、と心配になりました。有栖と火村の言わず語らずの信頼感がこの部分に出てたのは良かったですが。
その火村と有栖との関係ですが、最近のこのシリーズでは、例の火村の夢が軽く扱われ過ぎのように思えます。本作でも「お前、まだおかしな夢を見てるか?」などと有栖が気軽に電話で尋ねるシーンがあったりして。
これこそは、シリーズ全ての行間に隠れた最大の謎。安売りは本当に避けて欲しいです。
(2017年8冊目)☆

「鍵の掛かった男」

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◆2015年11月8日
「鍵の掛かった男」(幻冬舎)
有栖川有栖

最近時々出る短編集が今ひとつな気がして、もうこのシリーズは読まなくてもいいかな、と思っていたところでした。
今回久々の長編というので読んでみると、・・・これ、すごい作品だよね、早まらなくて良かった。と。
私的には、シリーズ中の最高傑作だと思いました。

大阪、中之島にあるという銀星ホテル。 数年にわたってここに滞在していた身寄りのない老人・梨田が自室で死亡。警察は自殺として処理しますが、ホテルの常連で、その死に疑いを抱いた女流作家・影浦浪子が真相解明を有栖と火村に依頼する、という内容。
月並みな表現ですが、この作品の魅力は、人間を描いている、ということに尽きると思います。
なぜ梨田は何年もこのホテルに滞在していたのか。彼の過去に何があったのか。
梨田の過去が見えてくるに従い、彼に掛かっていた「鍵」=抱え続けた思いが明らかになっていきます。
それはそれで劇的ではあるのだけれど、所詮作り事の世界。この作品が梨田の一代記に終わるのだったら、それだけなのですが…。
梨田の過去の断片と、探偵の行動が耳に入り始めると、宿泊客やホテル関係者の間に微妙な空気が流れ始めます。表向き皆、調査に協力はするものの、真相究明を望む者、望まない者、自殺の筈がないと言い張る者、真相はともかく自殺のままで良いではないかという者。この辺りの機微がとても面白いと感じました。
さらに、終盤出てくる梨田の死と直接関係のある、ある事件。現代特有と思える他人への不寛容と、それに対する余りに無防備な行動。ちょっとした行き違いが引き金になって、その後の嫌な展開に結び付いてしまう。現代社会の闇を表しているようで背筋が寒くなる一方、これも時代、これも人間なのだと思いました。

これまでの有栖川作品は、文章はとても綺麗なのに、事件にまつわるトリックが余りに荒唐無稽で、読んでいてがっくりくることがありました(ファンの方、ごめんなさい)。
しかし、本作は物語と謎の探究が程よく折り合って、素晴らしい作品になっていると思います。本格が著者のトレードマークですが、本作はそれだけでなく、社会派的側面も持つ文学、といっていいと思います。
ほとんどのストーリーが中之島と銀星ホテルの中で進行するので、いろんな人間の人生を内包した、地域と建物の空間が主役の作品と見ることもできそうです。
シリーズ中最高と思うばかりでなく、今年自分が読んだ本の中でもナンバーワンの作品になりました。
(2015年-43冊目)☆☆☆☆☆

「怪しい店」

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◆2014年11月25日
「怪しい店」(KADOKAWA)
有栖川有栖

有栖川有栖の「火村シリーズ」新作です。
読み終わって思ったのは、果たしてこのシリーズはどこに行こうとしてるのだろうか、ということ。

一つ一つの短編に惹かれる部分は確かにあります。
たとえば「古物の魔」に描かれた、古物商の生業の深淵。人間が古道具に執着するのはどういうことなのか。また「怪しい店」に出てくる「聴き屋」という奇妙な商売が知らず知らず抱え込んでしまった闇…。
以前に比べるとトリックの奇抜さは影をひそめ、その分事件自体は明快で、リアリティ重視になりました。
むしろ社会の諸相から切り取った人間そのものの不可解さや、業のようなものを積極的に描こうとしているようで、こういうところには好感を持ちます。

しかし一方で、このシリーズ最大の謎であり、火村の人物造形や、火村と語り手である有栖との関係性にも重要な影響を及ぼしている「人を殺したいと思ったことがある」火村の過去については棚上げのままです。
今巻でも有栖と高柳が車中での会話で、それに関する会話をしていますが、なんか段々この問題、扱いが雑談や茶飲み話程度に軽くなってやしませんかね?

火村の過去問題が明らかになる時、シリーズの存在のあり方自体も変わってしまうとしたら怖い気もしますが、物語というものは本来どこかからどこかへ向かうはずのもの。
今は同じ場所でじっと止まっているように思えるこのシリーズが、いつか未来に向けて動き出す過程で、この問題の本質に触れられる日が来るのを信じたいです。

写真は先日行ったお店で出たアミューズ。白くて丸いのがリゾットをコロッケ風に揚げたもの。熱々で美味しかったです。
(2014年-62冊目)

「菩提樹荘の殺人」


◆2013年9月14日
「菩提樹荘の殺人」(文藝春秋)
有栖川有栖

火村シリーズの新作短編集。
相変わらず文章は綺麗で読みやすいのですが、感想としては好きでも嫌いでもない作品でした。
ミステリーを読むとき、意外性とリアリティ、相反するともいえそうな二つの要素を知らず知らず求めているような気がします。以前のこのシリーズは、少なくとも前者がすごくあったように思えるんです。
例えば、時間差で毒が効き始めるトリックとか、エレベーターの階数錯誤トリックとか、こりゃないないと内心突っ込みながらも、ワクワク感がありました。たとえ荒唐無稽でも、壮大な嘘っていうかね。それが作品のパワーになっていた気がします。
今作に関して言えば、意外な展開、びっくりするようなトリックはなく、外面的にはリアリティ重視(社会派っぽいものまである)といえるかも知れません。ただ、どの短編にも現実世界の重みをそれほど感じないので、全体として薄味になってしまった印象がありました。

火村とアリスの会話やら思い出話やらは、いつもの感じで楽しく読めます。二人の出会った例のカレーのエピソードなんかに加え、今回は大学生時代の火村の短編があります。さぞかし周りの学生から浮いていたんだろうと思え微笑ましい一方、彼をそうさせたものについて考えさせられます。
火村のその隠された過去については、作者あとがきで「今はまだ知らないが、いつか突然に知る瞬間がくるかも知れない」とあって、おいおい、成り行き任せかよ、と心の中で突っ込みを入れてしまいました。
この作者の本はいつも装丁が綺麗ですが、今回も、大路浩実氏の表紙装画が美しかったです。
(2013年-76冊目)

「高原のフーダニット」

DSC_0824-2.jpg◆2012年7月1日
「高原のフーダニット」(徳間書店)
有栖川有栖

火村&有栖シリーズの最新作です。中編3編から構成されています。(ややネタバレあり。未読の方はご注意)

表題作は、以前事件で関わった男から有栖のもとに「火村と連絡がとりたい」と伝言が。男と電話で話した火村は、男が双子の弟を殺してしまったことを聞かされるーー。
関西近郊の架空の場所らしい高原が舞台の、文字通りフーダニットものです。
いつもながら文章が綺麗です。何で双子設定なのかとか、犯人を突き止める根拠にちょっと無理があるんではとかやや気になる部分はありますが、そういうことを措いてもまずまず面白く読めました。
火村シリーズも既に20冊目だそうです。作者が「火村は使いべりがしないので、これからもずっと働いてもらうつもり」というだけあって、このシリーズはいつも変わらぬ安定感があります。逆に、この変わらなさ加減が物足りないと思う人もいるのでは。

冒頭の「オノコロ島ラプソディ」は淡路島を舞台にしたトラベルミステリー。風光明媚な淡路の風景が浮かんでくるようです。トリックは、こりゃないだろ、と思いました(笑)。
もう一編は「ミステリ夢十夜」。正直、何で今更「夢十夜」?という感じはありますが、いくつか面白いものがありました。こういうショート・ショート的作品を書かせると、やはり上手い作家だなあと思います。(2012年-60冊目)☆

「真夜中の探偵」

20111022203037441.jpg◆2011年10月21日
「真夜中の探偵」(講談社)
有栖川有栖

「闇の喇叭」に続く、探偵ソラこと空閑純が主人公のシリーズ2作目です。

前作で父親と引き離され、単身大阪の街へやって来たソラに、かつて父母に探偵の仲介をしていた押井照雅という男が接触してきます。
押井との会見の際、邸でたまたま会った元探偵が、1週間後何者かに殺害され、押井やソラにも警察の捜査の手が伸びてきます。

この2作目まで読んで、作者が何を書きたいのか、私にはいまだに見えてきません。
まずストーリー。非常に手の込んだパラレルワールド設定ですが、これはどんな意味を持つのでしょう。
「探偵のいない世界」という設定を導き出すためとも思われますが、それにしても余りに現実離れしている上、描かれているのが現実より嫌な社会で、どこまで必然性があるのか疑問に思いました。
「探偵」が、あたかも本書では自由や民主主義の象徴のような位置付けのように書かれていますが、その探偵観が余りに観念的なので、ピンときませんでした。

キャラクターに関しては、私にはソラが魅力的に見えないのがマイナスでした。
職業探偵になりたいという希望も、困っている人のためになりたいという動機ではなく、これも両親が探偵だったからにしか見えず、空疎に響きます。
探偵をめぐる押井とのやりとりで、タイトルの由来ともなっている押井の「今は(探偵にとって)真夜中だ」という台詞のほうが理にかなっていると感じました。

作者の文章は相変わらず美しいのですが、今回のシリーズでは内容や世界観が、どこかちぐはぐな印象を受けるのは私だけでしょうか。
火村シリーズなどをこれまで愛読してきましたが、このソラのシリーズに関しては、どうも好きになれないような気がします。(2011年-98冊目)

「闇の喇叭」

20111015224857489.jpg ◆2011年10月15日 「闇の喇叭」(講談社) 有栖川有栖 まず内容以前の問題として苦言を呈したいと思います。 写真を見て頂ければお分かりのように、この本、表紙だけでなく頁紙の上下横の部分(天・地・小口というらしい)も黒く塗ってあって、全体が黒ずくめのデザインとなっているのですが、読んでたら何とその塗料で指先が黒色に。 やられた…。慌てて頁を戻ると、白い頁のあちこちに黒く自分の指紋のあとが…。 なにこれ、あり得ないんですけど(怒)。 だったら本のサイドまで黒くする必要ないでしょ、講談社さん! 装丁の凝った本はもちろん大歓迎ですが、この辺はきちんと考えてほしいと思いました。 さて、お話はパラレルワールドの日本が舞台です。私立探偵が法律で禁止されており、推理小説を読むのも白眼視される世界。 田舎町で殺人事件が起こり、女子高生のソラが事件に挑みます。 この本、もともと別の出版社からYA向けに出版されたものを、改稿して講談社から出し直したものだそう。本書と同時に、シリーズ2作目の「真夜中の探偵」が刊行になっています。 で、感想はというと、微妙でした。 ネタバレになるので詳しくは書きませんが、後付けの動機、トリックのためのトリックという印象で、YA向けとしてもどうなんでしょう。 探偵が許されない世界で探偵を描くことに何らかの著者の意図があると思われますが、それが知りたいので次作も読もうと思います。(2011年-97冊目)
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