千両過眼

東京在住の会社員です。読書、舞台、展覧会の感想などを書いています。

クリスティー

「予告殺人」


◆2013年6月23日
「予告殺人」(ハヤカワ・クリスティー文庫)
原題:A MURDER IS ANNOUNCED
アガサ・クリスティー/田村隆一訳

マープルものの長編。
舞台は英国の田舎町。ある日の新聞広告に次のような文章が載ります。
「殺人お知らせ申し上げます。10月29日午後6時30分より、リトル・パドックスにて」
指定された時間にいそいそとリトル・パドックスに集まってくる村人たち。リトル・パドックスというのは、ブラックロックという女性の家で、遠縁の従姉妹など6人が住んでいます。
時計が6時30分を差したとき、突然電灯が消え、続いて銃声。明かりがつくと、軽傷を負ったミス・ブラックロックと、床には男の死体が!

毎度感心しますが、冒頭のつかみがお見事です。この新聞というのは、地域のコミュニティ誌みたいなものでしょう。好奇心に駆られて集まる村人たちは、普通なら気味悪がったり警戒しそうなものですが、「ちょっと通りかかったもんだから」なんて言いながら、平気で来ちゃうところが面白いです。
捜査の常で、誰がこの館に出入りできたかということを検証する場面がありますが、なんと、この村では家に鍵をかけないんですね。誰でも勝手に人の家に入って、品物を置いてったり、調味料を借りたりする。こんな場所で犯罪捜査をするのは難しそうです。
ミス・マープルは、さすが年の功、静かに村の人たちの間に分けいっていきます。相手を警戒させず大事なことを喋らせる、その話術もシリーズの魅力の一つ。
それにしても、謎が謎を呼ぶ展開!そして、いつものことですが、絶妙の伏線とミスリード。今回も犯人が分かりませんでした。このように上手く騙してくれると、騙される方も気持ちいいです。

写真は、福岡・大濠公園にあった「花の木」。福岡のフレンチレストランの草分け的存在です。この店が中洲にあったとき、新婚旅行中のマリリン・モンローとジョー・ディマジオが3日続けて来店したことでも有名。5月いっぱいで営業を休止しているのですが、雰囲気のあるお店でした。(2013年-51冊目)
☆☆

「スリーピング・マーダー」


◆2013年5月1日
「スリーピング・マーダー」(ハヤカワ・クリスティー文庫46)
(原題:Sleeping Murder)
アガサ・クリスティー/綾川梓 訳

ちょっと世知辛い現代ものなんかを読んだ後に、私はクリスティーを読みたくなります。古過ぎず新し過ぎず、しかもたいてい面白い!
今回はマープルものの「スリーピング・マーダー」。

のっけから謎に満ちた展開。結婚後、初めて父の出身地、英国に来た若きヒロイン・グエンダ。田舎町に家を買いますが、壁に塗り込められ今はないドアの位置や壁紙の模様など、分かるはずのないことが分かったりして不安な気持ちに。
ついに家を飛び出すグエンダ、その脳裏に突然、恐ろしい記憶が甦ってきて…。

はじめの方はサイコ・スリラーっぽく、途中からはサスペンス。どの人物も怪しく感じられて、先が気になります。
主役はあくまでもグエンダ夫妻で、マープルが前面に立つ作品じゃないところもいいですね。しかし「眠れる殺人事件は寝かせておかなくては!」とか、言葉がいちいち意味深で、しびれます!
事件の掘り下げが人間心理の探究につながっていて、魅力になっています。

恩田陸が巻末の解説を担当。クリスティー愛が伝わる文章です。そういえば恩田作品の雰囲気と、この「スリーピング・マーダー」は、どこか似ているような気がします。(2013年-38冊目)☆

「パディントン発4時50分」


◆2013年3月18日
「パディントン発4時50分」(ハヤカワ・クリスティー文庫41)
原題:4.50 from Paddington
アガサ・クリスティー/松下祥子訳

冒頭、列車旅行中の老婦人が、走行中たまたま隣に並んだ別の列車の中で、男が若い女を絞殺している現場を見てしまいます。
慌てて車掌と警察に通報するものの、死体も不審な痕跡も見付からず。これを聞いたミス・マープルが行動を開始します。

のっけから面白い展開で、わくわくします。確かに隣に電車が並んできたら、しげしげと中を覗き込んでしまいますよね。本当、クリスティーってうまい!
本作はマープルものではありますが、休養中のマープルに代わり探偵役を務めるのは、家政婦ルーシー・アイルズバロウ。若く美しく、料理上手の彼女が疑惑の屋敷に潜入します。彼女はオックスフォードの数学科で将来を嘱望されながら、<あらゆる種類の人間に興味があり、金を得るために不足に目を付けた>結果、自らこの道に入った変わり種。今なら、こんなスーパー家政婦がいてもそんなに驚きはしませんが、これが書かれたのは50年以上も前の話ですからね。ルーシーがこの家の人たちをあっという間にとりこにしていくのが面白いです。
殺人者はもちろん、殺されたのが誰か、というところにもなかなか話が辿り着かないのですが、英国の旧家の習慣とか、思わせぶりな会話とか、ルーシーが作るおいしそうな家庭料理とか、細部に渡って楽しめる本でした。(2013年-27冊目)☆

「チムニーズ館の秘密」


◆2012年10月27日
「チムニーズ館の秘密」(クリスティー文庫73)
原題:The Secret of Chimneys
アガサ・クリスティー/訳・高橋 豊

欧州ヘルツォスロヴァキアの元首相の回顧録を、英国の新聞社に届けるよう友人から頼まれたアンソニー・ケイド。ロンドンに到着するや、何者かに狙われることに。
ホテルの部屋に侵入した男を追跡するうち、アンソニーは殺人事件に遭遇。そして舞台は、ロンドン郊外の貴族の別荘・チムニーズ館へ!

以前NHKの「ミス・マープル」シリーズで放送したドラマの原作です。といっても、小説はマープルものではなく、素人探偵アンソニー、お馴染みロンドン警視庁のバトルらが競演のミステリーです。
回顧録をめぐる序盤の駆け引きから謎の手紙の存在、ヘルツォスロヴァキアの王位継承問題と、目が離せません!
アンソニーのほか、美しく機知に富んだヴァージニアや、面倒を嫌う貴族のケイタラム卿、いかにも令嬢らしく闊達なバンドルら、登場人物も魅力的。英国社交界の雰囲気がいい味付けです。
言葉にそこはかとないユーモアがちりばめられていて、人が殺されるのにちっとも陰惨さを感じず、そしてラストは意外な結末!!というクリスティーらしい作品です。 ちなみに私は最後まで真相が分からずじまいでした。伏線はたくさんあったのになあ。悔しいです(笑)

原作に比べるとドラマ版は、ああ、なんで無理してマープルにするんだろうという、いつもの疑問が胸に渦巻きます。
役名だけは原作を半分ぐらい踏襲してますが、人間関係や事件の動機などは八割方オリジナル。
ドラマを見た人が小説を読んでも、全く別の話として楽しめることでしょう。といっても原作の爽快さは余りなかったように思います。でもまあ、ドラマでチムニーズ館の途方もない大きさが見られたから良かったのでは。

写真は、ペニンシュラホテルのアフタヌーンティー。一説によると、英国では一日に7回もお茶の時間があるそうですね。この小説にもよく、お茶の時間が出てきます。
ペニンシュラのアフタヌーンティーにはシャンパンが付いてきて、お得な感じです。(2012年-90冊目)
☆☆

「蒼ざめた馬」

DSC_0701.JPG◆2012年5月18日
「蒼ざめた馬」(ハヤカワ・クリスティー文庫93)
原題:THE PALE HORSE
アガサ・クリスティー/高橋恭美子訳

ボアロもマープルも登場しないノン・シリーズのクリスティー作品です。
クリスティーって、こんな作品も書くのですね。オカルト趣味とミステリーがほどよいバランスで両立してて、50年前に書かれたものとは思えない現代感覚です。
ある夜、死の床にある女性を看取って帰る途中の司祭が、何者かに殺害されます。遺されたものは、女性が言い残した言葉を司祭が書き留めた、複数の名前の羅列らしいメモ。
このメモを発端に、学者のマークは奇妙な事件に巻き込まれてしまいます。“蒼ざめた馬”とは、いったい何?
いろいろあってマークが、怪しい降霊会に参加することになり、頭でオカルトを否定しながらも、「でも、もし本当だったら」と、不安を募らせていく描写が真に迫った緊張感!不可知のものに対する恐怖が巧みに描かれています。
読み進むにつれ、途中で犯人の目星がついてしまったのが、ちょっと残念。

一方、先日NHKで放送されたドラマ版。例によって、この作品もマープルものになっています。
神父が殺害される前、メモを託されるのがマープルという設定。原作でマークの部分を、マープルとマーク二人で分担しています。
ストーリーは原作のエッセンスを生かしつつ、視聴者をミスリードするような別の角度からの改変も加えてあり、すでに小説を読んだ人にも楽しめるようになっています。
犯人の怪演ぶりも面白く、よく出来たドラマと感心しました。

写真は新緑。鮮やかな緑が眼に眩しいです。もうすぐ夏ですね。(2012年-46冊目)☆☆

「検察側の証人」

DSC_0665.JPG◆2012年4月28日
「検察側の証人」(早川書房)
(原題:WITNESS FOR THE PROSECUTION)
アガサ・クリスティー/加藤恭平 訳

クリスティーの戯曲です。1957年に「情婦」のタイトルで映画化もされています。
金持ちの老婦人が殺害され、彼女と親しくしていた若者レナード・ボウルが逮捕されます。やがて彼は裁判にかけられますが、検察側の証人として、彼の犯行を証言したのは…。

弁護士の事務所→法廷→事務所→法廷と、全3幕の中で交互に場所が入れ替わります。
二人の弁護士が法廷テクニックを駆使してレナードを助けようとしますが、いつの間にか自分も作者によってミスリードされていることに気付きませんでした…。
いつもながらクリスティーの人間心理の描きかたは絶妙です。
冒頭の「作者の言葉」に、この作品は登場人物が多いから地方公演ではアマチュア俳優を使えとか、誰と誰はダブル・キャストにするなとか、色々アドバイスが書いてあるのが楽しいです。(2012年-38冊目)

「殺人は容易だ」

2012321132053859.jpg◆2012年3月23日
「殺人は容易だ」(ハヤカワ・クリスティー文庫79)
(原題 Murder is Easy)
アガサ・クリスティー/高橋豊 訳

列車の客室で隣り合わせた老婦人から、彼女の村で不審死が相次いでいることを聞いた主人公。語り終えた彼女は言います。「殺人はとても容易なのよ。誰にも疑われなければね」
翌日、新聞で老婦人の死を知った彼は、事件を自らの手で調査することを決意します。

外国帰りの主人公、奇怪な連続殺人と依頼人の死、そして迷信深い山間の村とくれば、ああ、これは日本で言えばまさしく横溝正史的世界!!と思います。
文庫に挟み込まれていた「クリスティー文庫通信」によれば、横溝氏はクリスティー作品に影響を受けているのだそうです。言われてみると、分かる気がしますね。
他の作品と同様、登場人物の会話や心理描写に印象的な場面が多いです。冒頭の列車内のシーン以外にも、主人公・ルークとブリジェットの会話や、犯人と目される人物との緊張感あるやりとり。作者のリードで巧みに迷宮に誘い込まれていくようです。
ストーリーは、中盤にやや間延び感があるものの、ルークが渦中に巻き込まれる後半から大詰めにかけて、息もつかせぬスリリングな展開です。
そういえば、先日NHK-BSプレミアムで放送していたドラマ版では、「エヴァンズ」同様、本作も「ミス・マープルもの」にされていました。ストーリーも登場人物も、犯人の犯行動機も全て改変されていて、全くの別物。原作とドラマは別、という割り切りもあるんでしょうが、よく出来た原作をなぜここまで変える必要があるのか、釈然としない思いが残りました。(2012年-29冊目)☆☆

「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」

2012317162941632.jpg◆2012年3月18日
「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」(ハヤカワ・クリスティー文庫78)
(原題 Why Didn't They Ask Evans?)
アガサ・クリスティー/田村隆一訳

今の言葉でいうとこれも“ユーモア・ミステリー”というべきでしょうか。牧師の息子と貴族の令嬢が探偵役として事件に挑みます。とても面白くて一気に読んでしまいました。
牧師の息子・ボビイはゴルフのラウンド中に瀕死の男を発見します。連れが人を呼びに行っている間に、男は謎のひとことを残して死亡。その言葉とは「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」。
発端からぐんぐん引き込まれます。ストーリーは起伏の連続、全く飽きさせません。トリックも出し惜しみせず、どんどん使ってくれます。さすがクリスティー!!
加えて、二人の探偵がとても魅力的。ボビイはぽうっとしていながら、いざというとき役に立つ男。
幼なじみの伯爵令嬢・フランキーは美人で頭脳明晰、行動力があり、その上気さくで誰とでも仲良くなってしまう能力の持ち主。今までに読んだどの“お嬢様探偵”よりもお嬢様らしく、読んでいて爽快です。この二人の会話に、友達以上、恋人未満の情があって、その程よさが良いと思います。
今週、BSテレビでこの作品のドラマが「ミス・マープル」シリーズとして放送されるそうです。原作はマープルものではないのですが、どんなドラマになっているのか、楽しみです。(2012年-27冊目)
☆☆

3月25日 感想追加

ドラマ版の「エヴァンズ」見ました。
「殺人は容易だ」に較べると、こちらの方がまだ原作準拠の姿勢が見えるとはいえ、大幅に人間関係及び犯人の犯行動機が変更されていました。
フランキーは貴族の令嬢というより、冒険好きの女子大生という趣だし、ボビイに至ってはマープルの影に隠れてしまって見せ場が殆どありません。
何より、原作では「エヴァンズ」の正体がなかなか分からないところが妙味になっていると思うのですが、ドラマ版ではここが変更されているので、かえって印象が薄くなりました。
良かったのは、映像で崖の様子やフランキーが潜入する邸宅が見られたこと。今の日本ではなかなか想像できないスケールの大きさでした。

「ゼロ時間へ」

20123174942257.jpg◆2012年2月29日
「ゼロ時間へ」(早川書房・クリスティー文庫82)
(原題 Towards Zero)
アガサ・クリスティー/三川基好訳

今から約70年前に書かれた本ですが少しも古びていません。
タイトルの由来は、殺人事件が発生する"一瞬"(ゼロ時間)に向かって集約していく時間(要因と出来事)が存在する、というもの。
そういえば、最近何かの作中で「ゼロ時間」の意味を説明しているのを読みましたが、どの本だったか。
また、恩田陸の近作「夢違」のミステリアスな女性も、本書の登場人物のイメージが踏襲されているようですね(黒髪の一部だけに白髪がある)。

老いた資産家の女性が何者かに殺害され、ロンドン警視庁のバトル警視が捜査を開始。容疑者と思われるのは、そこに滞在していた客たち。犯人は!?そして動機と殺害方法は?という内容。
この客たちが癖のある人物揃いで、彼らの会話がテンポよく、あたかも上質の舞台劇のように進行していきます。
何気ないやりとりの中に、作者の鋭い人間洞察が垣間見えて、ぐいぐい引き付けられます。そして結末は…予想外!!
まさに“ミステリの傑作”と思います。
早川の「クリスティー文庫」は2003年に刊行開始で、全100巻余りのボリューム。これを部屋に揃えると壮観でしょうね。順番に一冊ずつ読んでいくのはきっと楽しいことでしょう。
そのようなことが可能なのも、まさにクリスティーならではですね。(2012年−21冊目)☆☆

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