千両過眼

東京在住の会社員です。読書、舞台、展覧会の感想などを書いています。

東野圭吾

「あなたが誰かを殺した」

◆2023年10月
「あなたが誰かを殺した」(講談社)

東野圭吾

最近の東野圭吾作品の多くは、重めのヒューマニズムや社会問題が前面に出過ぎているか、または軽めのエンタメ小説のどちらかが多くて、新刊が出るたび、またか、と感じがしていました。
もちろん社会派は著者の真骨頂であるし、著者のユーモア小説も嫌いではないのですが。
今回はそのどちらとも違い、初期のように、純粋にミステリを楽しむことのできる作品でした。

別荘地で起きた連続殺人事件の謎に加賀恭一郎が挑んでいます。


加賀ものといっても、10年前に出た「祈りの幕が下りるとき」のような重い作品ではなく、20年ほど前の「私が彼を~」「どちらかが彼女を~」に近いです。
口絵に別荘地の見取り図があり、これが謎のカギの一つなのかな、と期待を抱かせます。
別荘地の住人達-いずれも癖のありそうな人ばかり-が登場して、和やかなパーティが事件に発展していくさまが描かれます。
別荘の住人達は、記述を読んでも私にはなかなか顔が思い浮かばず、その意味では現実感が薄いです。その辺りも、著者が今作では人間味を描くのではなく、純粋にミステリを描こうという意図が伝わってきます。
満を持して加賀が登場し、事件の謎を解いていきますが、このくだりはとても面白かったし、お話の展開も最後まで飽きさせませんでした。

「マスカレード・ゲーム」

◆2022年4月
「マスカレード・ゲーム」(集英社)
東野圭吾

マスカレードシリーズの最新作(4作目)。
全く別の事件と思われていた3件の連続殺人事件に、ある共通点が判明する。それは被害者がいずれも過去に人を死に追いやったというものだった。
被害者の遺族がホテルコルテシアに宿泊することがわかり、新田はまたもやホテルの潜入捜査に向かう。

このシリーズは読んでいてやはり面白いです。舞台となるのがホテルという私たちがなじみ深い場所であることに加え、宿泊客とホテル従業員、警察、いろんな立場の人が出たり入ったりして、常に状況が変化し続けるのが刺激的です。
客の仮面を守るべき立場にあるホテル。客の仮面の裏を暴こうとする警察。両者が事件解決のために協力しつつ対立している、という構図が今回も生きています。
過去のシリーズでの捜査でホテルの立場についてある程度の理解者となった新田の代わりに、今回は梓警部という女性が登場し、山岸尚美らホテル側の人間をぴりぴりとさせます。
事件解決のためには手段を選ばない、この梓のキャラクターがアクセントになっていてよかったと思います。
ここのところの東野作品は、犯罪と贖罪が大きなテーマになっていたと思います。今作でも犯罪を犯した者と遺族の心情の関係がクローズアップされており、作中出てくるHPは作者の問題提起とも思えます。
本作終盤のくだりで、このテーマに作者として一応の答えを出したようでもあると感じられました。

本の帯には「シリーズ総決算」とありますが、今後このシリーズはどうなるのでしょうか。
驚きつつも読みながら予想した通りの展開もあり笑ってしまいましたが、また意表を突く感じで新展開の予感もするので、楽しみに次作を待ちたいと思います。

「白鳥とコウモリ」

◆2021年4月27日
「白鳥とコウモリ」(幻冬舎)
東野圭吾

最近の著者には軽めのエンタメ作品が多く、やや不満に感じていましたが、久々に読み応えがありました。しかも500頁超の大作。長い作品がいいとは思いませんが、複雑な事件を描ききるのに必要な長さと思います。
物語は過去と現在を行き来します。
現代の裁判の問題、法律上の罪と心の贖罪の問題など、著者らしいテーマが掘り下げられています。

竹芝桟橋近くの路上で弁護士が殺害され、警察は勤務先の通話履歴から愛知県に住む初老の男性をマークします。彼が早々に自供したために事件は解決と思われたのですが…。

(以下、作品の重要な部分に関するネタバレあります。未読の方はご注意下さい)

容疑者逮捕、取り調べ、裁判と、一見合理的に進むように見える裁判制度ですが、あるストーリーが決まるとそれに沿った証拠集めが行われ、容疑者の弁護人もはなから刑を軽くすることに論点を絞っていく。
もしこの「ストーリー」が間違っていたらどうなるのか。
作中では、容疑者の息子和真と、被害者の娘美令が共に「自分の父親はこのような行動をとるだろうか」という違和感を抱くところから話が劇的に転換していきます。
実際の捜査や裁判においてはどうなのでしょうか。冤罪防止のための安全装置みたいなものは当然あるのでしょうが、それでも一度出来てしまったストーリーを覆すことの困難さは容易に想像できます。
供述の語る事実を身近な者の感じる真実が覆すことができるのか?このせめぎ合いがスリリングでした。

後半、容疑者が上京するごとに通っていた小料理屋の母子の話から、三十数年前に愛知で起こった別の事件が浮上します。二つの事件が綿密にリンクして次第に全体像が明らかになる展開。
しかもこちらの事件は既に時効を迎えており、法律とは別に、罪とは、罪を償うとは何なのだろうか、ということを改めて考えさせられました。

この作品を読んで、同じ著者の「容疑者xの献身」を思い出しました。
ただし「容疑者x」が愛する存在の幸福を願うパッションを描いていたとするなら、本作はもっと静かな悔恨や諦念のトーンに包まれている気がします。捜査する側の刑事のキャラクターも、ガリレオのように前面に出てくる感じではありません。
和真と美令のひたむきに真実を追究する姿勢が、未来の光を暗示しているように思え、救いです。
かすかなものではあっても、このような人間の光の部分に目を向けるところは、やはり東野圭吾作品だと思います。

「ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人」

◆2021年1月22日
「ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人」(光文社)
東野圭吾

新刊が出たら読みたいなと思っている作家はそんなに多くありません。東野圭吾さんはその少ない作家の一人です。
しかも今回はマジシャンが主人公ということで、とても期待していました。だって、マジシャンという言葉自体がわくわくする響きを持っていますから。

舞台は地方の観光地。このところのコロナ禍で観光客は減少し、街から活気が失われています。
父親が何者かに殺害されたことを聞いて帰郷した真世の前に、長らく会っていなかった叔父・武史が現れます。
武史はアメリカで活躍していた元マジシャン。犯人は真世の身近な人物なのか?警察を向こうに回し、武史の犯人探しが始まる、という内容です。

コロナの地方社会や経済、個人の生活に与える影響を、このスピードで書いたことはすごいと思うんです。たとえばソーシャルディスタンス葬儀。日常生活における他人との接し方。ニュースで紹介される事実とはまた違って、事態の深刻さが伝わります。
この街が生活の舞台である真世の同窓生たちの窮状はリアリティがあるし、彼らが、漫画家として成功したかつての同級生に縋ろうとするのも、いかにもありそうなこと。
それはいいのですけれど、一方で私はどうもしっくりこないんですよね。

この叔父が捜査を警察に任せずに自分でやろうとするのは、なにか理由があってのことだと思うけれど、まあいい。しかし父を亡くしたばかりの真世が叔父の探偵行為に付き合って、同級生たちに探りを入れたり、刑事たちを欺いたりするのはどういうわけか。
ここで真世の悲しみの方に振ってしまうと、作者の意図と違うトーンの作品になってしまうのはよくわかります。私も「さまよう刃」とか「白夜行」が今読みたいわけではないです。
ここで深刻味を極力抑えて、エンタテインメント風味を強調しておくのは著者のバランス感覚だと思うし、コロナ禍という暗い世相にあって、明るい作品で読者を元気付けたいと願うのは、いかにも著者らしいと思います。
しかし、主人公を、被害者の娘に設定する必要がどれほどあったのだろうと少々首を傾げてしまいます。

そして、一番不可解なのが、その叔父である武史のキャラクター。この人は一体何者なのだろうか?ということです。
武史のバックボーンが描かれないまま、ただただ型破りな人物として舞台に登場し、ときには違法行為も行う。他人のプライバシーに踏み込む。マジシャンは人を驚かす仕事なので意表をついてくるのは当然だし、そもそもスーパー探偵が変人というのは昔からの決まりごとではありますが、人間的魅力を感じるところまでいかなかったです。

キャラクターや人物同士の関係を含めた破綻のなさや、読者みんなを気持ちよくさせるストーリーの程良さこそ、私は東野作品の最大の魅力だと思っていたので、今回は少々疑問でした。
もしかすると、本作はガリレオや加賀、マスカレードのようにシリーズ化するつもりで書かれたのかも知れません。この叔父をめぐる謎、たとえばなぜ彼が警察を信用しないのかなどということは、今後明かされる可能性もありそうです。もしそうだとすると、武史のキャラクターについても全く違った部分が見えてくるのかも知れない、と思いました。

「希望の糸」

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◆2019年7月

「希望の糸」(講談社)

東野圭吾


加賀シリーズ最新刊。といっても主人公は、ほぼ加賀の従兄弟の松宮刑事ですが。

のっけから子供絡みの事故が描かれ、気分が暗くなります。その後、喫茶店を経営する女性が殺されたことが発端となって、全く別々の家族の問題が線でつながっていくという展開です。

松宮個人に帰属する問題を含め、とっ散らかっている感はありますが、最後はテーマに向けて収斂していきます。

ネタバレになるので詳しく書きませんが、親子とは何か、子を産む、育てるということはどういうことかが、医学的観点と人の感情の両方から掘り下げられています。

著者は理系の出身で、これまでもガリレオシリーズを始めとして科学や医学と、人の心の機微を結び付けた作品を多く書いてきましたが、本作もその延長上にあるといっていいと思います。


ただしこの作品、読んで不快に感じる人もいるのではないでしょうか。今回、家族とは何か、という問題が重要なテーマになっていますが、こういうことは論理や科学で説明したとしても、人によっては受け入れられないケースがあると思います。

以前の東野圭吾作品は読者に対する一定の配慮があって、不必要にこういうところに踏み込まないようにしていたと思うのですが、最近の作品では少し疑問に感じます。人間を描く、ということのために、ミステリーとしては行き過ぎではないかと思うことがしばしばあります。

さまざまな意見があるとは思いますが、加賀ものだったら「新参者」、ガリレオだったら「真夏の方程式」あたりまでの作品が、純粋にミステリーを楽しめるという点で、私は好きでした。

「沈黙のパレード」

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◆2018年11月24日
「沈黙のパレード」(文藝春秋)
東野圭吾

物理学者・湯川が活躍するガリレオシリーズの新作です。
このシリーズだとやっぱり「容疑者xの献身」が傑作だと思いますが、「真夏の方程式」も好きでした。
正直、この2作に比べると私的には今ひとつの印象を持ちました。

行方不明になった若い女性が遺体で発見され、容疑者が浮上します。その容疑者はかつて草薙が担当した別の事件で限りなくクロに近いながらも証拠不十分で無罪に。
今回もひたすら黙秘を続ける男に町の人々の義憤は高まります。そして町の祭りの日、ある事件が…。

事件が陰惨で、遺族や彼女を愛した人々のことが事細かに描写されるだけに、読む方も暗い気持ちになってきます。
かといってつまらないわけではもちろんなく、それなりには読まされるんですけどね!でもそれは、湯川のキャラクターにずいぶん救われてという印象が強いです。
「容疑者x」ではラストシーンの慟哭に感動したし、「真夏」では少年との交流が胸に残りました。人間っていいものだな、という感想を湯川が媒介になって引き出していたんだと思います。
でもこの作品では、湯川のキャラをもってしても感動まで持っていけない気持ち悪さがあるんですよねえ。人間の負の部分の方がクローズアップされていて。
そういうわけで、このシリーズにしては期待ほどではなかったかな、と思わされました。
(2018年22冊目) ★

「魔力の胎動」

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◆2018年4月15日
「魔力の胎動」(KADOKAWA)
東野圭吾

約3年前の作品「ラプラスの魔女」の前日譚です。
前作感想⇒

様々な物理条件から未来を予知する能力を持つ少女、羽原円華をめぐる短編集です。(以下ややネタバレあります。ご注意ください)
鍼灸師のナユタの顧客たちーー多くはスポーツ選手ですがーー彼らの悩みを特殊能力を用いて円華が解決します。
正直この能力にはさほどリアリティを感じないのですが、短編だと人物のドラマといい具合に結び合って、面白く読めました。
円華のキャラクターもややとんがっているところがいいし、最後には人間の意志の力、不可能を可能にする力といったものに行きつくので、そこがいいと思います。

ナユタの過去にまつわる秘密に触れる章は、予想していなかったので驚きました。この人物が急に生き生きと動き出しました。
これが前作の映画監督の話につながっていくという展開。
前作の内容については忘れてる部分も多かったのですが、俄然そちらに興味が出てきて、映画も観てみようかなという気になりました。
このあたりの著者の手練れっぷり、さすがです。
(2018年6冊目)☆☆

「マスカレード・ナイト」


◆2017年10月17日
「マスカレード・ナイト」(集英社)
東野圭吾

警視庁の新田刑事と、ホテル・コンシェルジュ山岸尚美が活躍するシリーズの3作目。
大晦日にホテル・コルテシアで開催されるカウントダウン・パーティに殺人犯が現れるという匿名通報。新田はフロントクラークとしてまたもや潜入捜査をすることに。
パーティの参加者は全員、仮面をつけて仮装するため、素顔が分からない。決定的な手がかりが掴めぬまま、刻一刻と時間が過ぎていく…。

「ホテル利用者は皆、『お客様』という仮面を被っている」
不特定多数が出入りする匿名の空間。犯人像も通報者像も分からぬまま、仮面パーティというさらなる匿名性まで加わって…。
客のプライバシーを守らなくてはならないホテル側と、これを暴くのが仕事の警察。ぎりぎりのところでの駆け引きがこの作品の妙味です。
今回、尚美に加えて氏原というベテランホテルマンが登場して新田と対立します。分かりやすい構図になりました。
とりあえず怪しそうな者を監視対象として絞り込もうとする警察、でもこの「怪しい」というのがくせ者で、コンシェルジュに怪しい、風変わりな要求をしてくる者があとを絶たない。
いくらなんでも、これはリアリティないでしょと思いながらも、ホテルの客というものは案外こういうものだったりして、ホテルに泊まるときには、あんまりわがまま言わないようにしよう、と思いました。

ところで、この作品はミュージカルの「オペラ座の怪人」を彷彿とさせます。そういえば著者は四季の会報誌にもしばしば寄稿しています。
その「オペラ座」の2幕、「マスカレード」は、団員スタッフ達の(内輪での)仮面舞踏会にファントムが紛れこむ、という場面。
オペラ座を陰で支配するファントム(しかも、この時点ですでに一人殺している)をびくびく怖れながらも、皆で踊って楽しんじゃう訳です。
ふつう、この状況で仮面舞踏会やらないよね、恒例行事だとしても今年はパスするとか、せめて仮面止めとこうよとか言うよね、と思ってしまうのですが、そうはならない。本作の状況はなんかそれに似てて。
物語的には、仮面の匿名性を条件に何かしら超自然的なものがこの世に降臨するとなれば、その祝祭は実行されなくてはならない、ということなんでしょう。
本作の場合、その降臨者は正体不明の犯人なわけですが、この辺り、読者の無意識的感性に訴え掛けてくるものだと思います。

作品としてはまずまず面白く読めた一方で、謎解き部分がいつもの著者に似ず美しくない、と思ったのは私だけでしょうか。結局、プライバシーの厚い壁に阻まれてしまうホテルという空間での捜査を描くミステリーとしては、ある程度限界を感じさせる内容でもありました。
(2017年39冊目)☆

「素敵な日本人 東野圭吾短編集」

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◆2017年5月1日
「素敵な日本人 東野圭吾短編集」(光文社)
東野圭吾

ここ数年、東野圭吾の新刊は毎回読んできましたが、正直この本は微妙です。
短編9編から成っていて、いずれもちゃんと落ちの付いた話になってはいるのですが、著者にはこういうのを期待してるわけじゃないんだけどなあ…。
いっそ以前の「〇笑小説」シリーズみたいに突き抜けた作品だったら嬉しかったのですが。

考えてみれば、東野圭吾というと長編がほとんどで、短編はガリレオや加賀のシリーズを除いて、あんまり読んだ覚えがありません。
とくに社会派っぽい作風に転じてからは、多分書く機会も少なかったんだろうし。
東野作品の特徴はストーリーもさることながら、社会や世相を背景にした人間洞察にあると思うのです。けれどもこの短編集に関しては、アイディア先行で現実味の感じられない、まるで架空の世界の話を読んでいるような気がしました。

写真は、俵屋吉富の柏餅です。
(2017年16冊目)

「雪煙チェイス」

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◆2016年12月31日
東野圭吾「雪煙チェイス」(実業之日本社)

昨年末に読んだ本。
「白銀ジャック」「疾風ロンド」に続く雪山シリーズの3作目。
東野作品に社会派や文学性を求めている人には物足りないかも知れないけど、私はけっこう楽しく読みました。
かつては著者もこういう軽めの作品をよく書いていたなと思いました。

ある強盗殺人事件の容疑者とされた青年、脇坂竜実。彼は事件発生時に新潟のスキー場で美人スノーボーダーと遭遇しており、彼女を見つけて証言を頼むしか、嫌疑を晴らす道はない。
竜実は友人の波川とともに、「女神」を探しに里沢温泉へ向かいます。

竜実たちと、二人を追う小杉刑事、両方の視点で進むのですが、どちらも好感が持てて応援したくなるんですよね。
こんな時、いい結末に読者を連れて行ってくれるだろうという安心感は、やはり東野作品。
人を信じる気持ちや自分の良心、そういうものが芯になってるところがいいと思いました。宿の女将は出しゃばり過ぎなんじゃないかと思いますが。
雪山の銀世界とかウェアの彩りとか、視覚的イメージが爽快。
根津と千晶のその後も描かれてて、前2作からのファンも安心。そして何より、著者の雪山への愛情とわくわくが伝わってきました。
(2016年55冊目)

「恋のゴンドラ」

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◆2016年11月25日
「恋のゴンドラ」(実業之日本社)
東野圭吾

東野圭吾の作品は出るたび読んでいますが、この本には呆気にとられました。
ミステリーでないことは知っていたのですが。
代わる代わる登場する何組かの男女が、スキー場で恋愛模様を繰り広げます。もちろん、殺人事件はなくて。
これまでの東野圭吾と余りに違っていて、何かの実験?と思いました。

登場人物たちに名前はついていますが、深い背景は描かれず、いかにも記号的です。
そして、お話の最後にはささやかなサプライズのお約束。
いろんな属性の記号の順列組合せで何通りかの恋愛話を書きました、という感じでしょうか。
奥付を見ると、この連作はスノーボード及びスキー雑誌の付録として書かれたようです。
もちろんあえて軽い読み物を意図したのでしょうが、○笑小説シリーズの毒のあるテイストとも違い、単行本としては読む方もいささか戸惑うところです。
(2016年49冊目)

「危険なビーナス」

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◆2016年9月21日
「危険なビーナス」(講談社)
東野圭吾

社会派でも本格でもなく、かといって重厚な人間ドラマでもない、これまでの著者には見られなかった作品ではないでしょうか。「夜明けの街で」が思い浮かびますが、それともちょっと違う。
読んでいる最中は、話がどこに転がっていくのか予測がつかなかったです。

獣医をしている伯朗の前に突然現れた美女。彼女は弟・明人の妻で楓と名乗り、明人が原因不明の失踪中であることを告げる。
楓から入院中の明人の父・矢神の見舞いに同行して欲しいと頼まれ、渋々引き受ける伯朗。しかし、いつしか彼女を放っておけなくなり…。

(以下、ややネタバレあります。ご注意ください)
魅力的だが向こう見ず、無防備に見える楓に、ついつい惹かれてしまう伯朗。彼女には深入りしない方がいい、と忠告されるにも関わらず。
大体がこの主人公、いつも医院の美人助手や、診察にやって来る飼主を内心で品定めしていたりと、女難を予想させるところがあり。
楓に巻き込まれる形で矢神家の事情や、明人の失踪の謎に関わることになり、さらにそこに、伯朗自身の問題が重なります。理系の著者らしい数学的問題や、一癖も二癖もありそうな没落寸前のブルジョワ一族が出てきて、なかなか飽きさせません。

しかし読んでいてやはり気になるのは、この楓は一体何者なんだろうということ。
伯朗はともかく周囲までが、突然現れた女を明人の妻だと信じ込んでいるのは、よく考えると少し変です。先に述べたような要素が次々に提示されながらも、タイトルといい、いやでも注意がここにいってしまうのは本作の弱点なのでは。
読後の印象としては、読者に勝負を挑むような硬派のミステリーでは全くなく、むしろミステリー部分は付け足しで、主人公が美人に振り回されるさまを描いた、軽めのラブコメ、といった感じがしました。

画像は、京都・嘯月の薯蕷饅頭「中秋」。すっかり秋の風情です。

(感想追加)
ぱらぱら読み返してみると、助手の蔭山元実の服装が変わっていくのに気が付きました。伯朗への感情と関係あるのでしょうか?
そして、彼女は最後に元院長に何を言おうとしていたのか?気になりました。

(2016年42冊目)☆☆

「人魚の眠る家」

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◆2016年1月17日
「人魚の眠る家」(幻冬舎)
東野圭吾

東野圭吾の新刊を読みました。
作家デビュー30周年と銘打たれていますが、これまでの東野作品とは大きく違っています。
殺人も謎解きもない内容は、おそらくミステリとは呼べないでしょう。ただ、本書を読むと「人の心」こそがミステリなのだ、と納得する部分もありました。

本書は、きわめて重いテーマを取り上げています。
プール事故で意識を失った娘の母親は脳死判定を拒否し、娘を介護する道を選びます。
最先端テクノロジーを使った、ある治療を娘に施そうとする母親。始めは協力的だった夫の眼にも妻の行為は奇異に映り始め…。母親と周囲の意識ギャップの描写が巧みです。
医療や臓器移植などの社会的な問題提起に加え、人の死や、心の在り処について問いを投げ掛けられている気がしてきます。結局これは当事者にしか答えの出せない問題なのでしょう。
考えさせられる内容ではありますが、著者に書いてほしい作品かと問われると…。個人的に東野作品に望むのはもっと別のもののような気がします。

写真はランの一種、リカステです。
(2016年-5冊目)

「ラプラスの魔女」

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◆2015年6月13日
「ラプラスの魔女」(KADOKAWA)
東野圭吾

本作の宣伝用コピーは「彼女は計算して奇跡を起こす」「小説の常識をくつがえして挑んだ空想科学ミステリ!」。読む前から大体の内容が予想でき、あれこれトリックについて悩まずにすみました。
最近の東野作品は、トリックよりも、ますます人間ドラマ重視の方向にシフトしてきているように思えます。
(内容のネタバレあります。ご注意願います)

発端は、距離の離れた二つの温泉地で別々に起こった硫化水素による死亡事故。大学教授・青江は、両方の現場で円華(まどか)という若い娘と出会い、引っかかりを覚えます。
帰京後二つの事故をつなぐ、ある人物の存在に気付いたことから、青江は事件に関わってしまうことに…。

物語はこの青江と、すべての謎の原点である円華サイド両面から描かれていきます。
円華らの能力については頁を費やしていろいろ説明されていますが、ひとことでいうとESP能力のようなもの。でも、そこは東野圭吾なので脳科学的な設定に見えるようにしてはあるし、その能力にもキャップを被せてはありますが…。
事件の全貌が解明されていく過程や、隠された過去の事件が現在につながっていくところは、さすが東野作品、十分読み応えがあるのですが、心震えるような感動というのは残念ながらありません。「容疑者x」や「白夜行」の著者には高い水準をどうしても求めてしまいます。
一つには、やっぱり設定とのギャップというのもあるかなあと思います。これがありなんだったら、なんだって特殊能力で解決できるようにすればいいじゃん、とか考えてしまうんですよね。これが腑に落ちる設定だったら、もっと面白く感じられたかも。
「一人一人の凡庸な人間の営みにも、ちゃんと意味はある」というメッセージは、やや取って付けたような感じはありますが、著者らしいと思いました。
いつかは映像化もされるのでしょう。いろんな方面に発展していけそうな作品だと思います。
(2015年-16冊目)
☆☆

「マスカレード・イブ」


◆2014年9月1日
「マスカレード・イブ」(集英社文庫)
東野圭吾

警視庁捜査一課の刑事・新田浩介とホテルのフロントスタッフ山岸尚美、二人の「マスカレード・ホテル」前夜の出来事を描くプレストーリーです。巻末にクレジットされていますが、ロイヤルパークホテルが取材協力しているということです。
客の「仮面」を決して剥がそうとしてはいけない、というホテルスタッフ。それとは逆に人の「仮面」を剥がすのが商売、ともいえる刑事。「マスカレード・ホテル」では、両者のせめぎ合いが見どころでした。
始め対立していた二人が、互いの立場を理解し、筋道を見付けていく過程が秀逸だったと思います。

本作「マスカレード・イブ」では、二人が出会う前の時点での、それぞれの「事件」が描かれます。ラストの書き下ろし中編では、両者がニアミスで登場するという趣向。
この中編のなかで、すでに二人はそれぞれの立場において、洞察力と観察力をいかんなく発揮しています。一度も会ったことがない、この二人の共闘なくして事件の解決はあり得なかった、という立て付けに、感心させられました。
もっとも個人的には、尚美という女性、客のプライベートな動向にいささか関心を持ち過ぎのように思えます(上司からも注意されてるようですが-笑)。作中では、客がその時に何を欲しているか目配りしているエクスキューズになっていますが 行き過ぎると客の立場では正直ちょっと嫌かな、と思いました。
ホテルという空間でリラックスしようと思うと、スタッフは、困ったときや何かして欲しいときには助けてくれる、それ以外は基本自由、というのが理想なんですよね。客の素性についてあれこれ想像されたり、ましてやプライベートな情報を誰かに洩らされたりというのは、普通はあり得ないでしょう。
作品的には彼女の観察力、推理力が大きな力を発揮するわけだけれど、そういう能力が強調されればされるほど、尚美のキャラクターのさじ加減が難しくなってくるのではないでしょうか。
考えようによっては意外と微妙なところで成り立っている作品かも知れないところ、その辺り非常に気を使って書かれているようで、東野作品らしい、知的で爽やかな作品になっていると思います。今後もぜひ、このシリーズ続けて欲しいです。

写真は、以前京都で宿泊したホテルです。窓の外の緑がきれいでした。
(2014年-50冊目)☆☆
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