千両過眼

東京在住の会社員です。読書、舞台、展覧会の感想などを書いています。

朝井リョウ

「何様」

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◆2016年12月18日
朝井リョウ「何様」(新潮社)

いまだ「何者にもなりえない」のに、「何者かの仮面を被らなくてはならない」就活生の現実を描いた前作「何者」。
それに対し本作は、企業の採用担当に配置され、選ばれる側から選ぶ側にところを変えた若者の葛藤を描いています。
学生の時は装うことでいっぱいいっぱいだったのに、面接にやって来る就活生には内的動機を求めてしまう。それは果たして「誠実」といえるのだろうか。

世の中がそういう「お約束」で成り立っているとはいえ、社会人生活が長くなるほど摩耗していくこういう感覚へのこだわりは、著者ならではです。
実のところ、主人公の葛藤は全然別の方面から来ていて、精神的にもかなりマズイ状態に陥ってた、というのが読者にもあとから解る仕掛け。
結局、人生で初めて直面したともいえる生き方に関する問いの答えを、先輩社員のひとことから得ることができた彼は、サラリーマンとして幸せな部類に入るでしょう。
それにしても。
うまくまとめられているとはいえ、この小説の世界の小ささは残念です。
「何様」以外の短編も似たり寄ったりで、そこからの広がりを感じさせないのですよね。
この人はこういうふうに振る舞ってるけど、本当はこういう人。
この人は本当はこの人のことを、こう思っている。
こういう、内へ、内へと螺旋階段を下っていくような人間同士の閉塞的関係は、以前から著者が取り組んできたテーマとはいえ、読んでて楽しくなく、息苦しささえ覚えます。
せっかくこんなに文章が上手い人なのだから、外の世界に切り込んでいくような作品を書いてもらいたいです。
(2016年53冊目)

「ままならないから私とあなた」

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◆2016年5月1日
「ままならないから私とあなた」(文藝春秋)
朝井リョウ

短編、中編各1編からなる朝井リョウの新作。
(ネタバレあります。これからお読みになる方はご注意お願いします)

1編目の「レンタル世界」。心の中をさらけ出すことで、分かり合える。信頼関係を作れる。そう考える「俺」が出会うのは「レンタル業」の女の子。結婚式などで友達とかの代わりに派遣される仕事です。
いわゆる本音の関係に対して偽りの人間関係を許容できるか、是非論みたいになるんだけど、これ昔だったら前者が勝ってたところですよね。
核心となる人間関係だけ維持できれば、あとはレンタルでいいやというのが現代なのかも。

2編目「ままならないから私とあなた」。
「私」と小学校からの親友、薫。作曲家志望の「私」に対し、薫はこれまで人間の手では困難だったり不可能だったりしたことを、テクノロジーによって実現することを「便利」と考える理系女子。
最近何かで、文体を分析するソフトによって過去の文豪の「新作」が読める時代がくるかも、という記事を読みました。でも、それは漱石や谷崎の作品といえるのだろうか?
薫のような人は実際にいそうですが、コントロールできないものへの懼れ、という理由にはなるほどと思わされました。
とはいえ、人間性礼賛の話と思わせて突然全てを相対化してみせる作者は、少し意地悪にも見えます。

著者の作品は、目の前にいる人との「違い」に着目します。これを掘り下げることで、人間という存在の不合理さが浮かび上がります。
(2016年21冊目)

「スペードの3」


◆2014年4月23日
「スペードの3」(講談社)
朝井リョウ

日比谷シャンテ前から帝国ホテルの方に歩いていくと、クリエに東京宝塚、日生と並んだ、劇場街になっています。毎日熱心なファンたちの入り待ち・出待ちで賑わいます。
そのような場所に集うファンと、女優を主人公にした3編です。

最初の短編は、ミュージカル女優・香北つかさのファンクラブ「ファミリア」の運営を取り仕切る美知代の話。
自らの立場に優越感を感じている美知代。「つかさ様」のことに誰よりも詳しい自分こそがこの場に相応しいのだ、という自負が彼女を支えています。
ところが、小学生時代の同級生アキが入会してきます。少しずつ変わっていくファミリアの空気に美知代は…。
初めて社会人を主人公にした小説、ということですが、あんまりそういう感じはしませんね。ミュージカル女優やファンたちに対する視点も、ちょっと意地悪(笑)かつ一面的な感じがします。
著者は「何者」で、「いまだ何者にもなりえない」にも関わらず、就活をクリアするためにいろんな仮面を身に付けざるを得ない若者たちを描きました。本書の主人公三人も、本来の自分とは違う何者かになるための仮面や物語を必要とする人たちです。
相変わらず文章が上手です。ですが私的には「何者」以上のものは感じられなくて残念。

著者の本を読むと、誰もが仮面や物語を必要としているように見えるけど、そういうことを自然に乗り越えられてる人も大勢いると思うんですよ。
似たような内向きの物語ばかりでなく、もっと違う視点の作品も今後読めるといいなと思います。
二つの短編で叙述トリック的な手法が使われていますが、割とどうでもいい使われ方というか、テクニックが決まった時の気持ちよさと内容のカタルシスが連動していないのが、かえってちぐはぐな印象を受けました。(2014年26冊目)

「世界地図の下書き」


◆2013年7月29日
「世界地図の下書き」(集英社)
朝井リョウ

朝井リョウさんの「世界地図の下書き」を読みました。
児童養護施設「青葉おひさまの家」が舞台です。両親のいない小学生の太輔と、さまざまな事情で施設で暮らす、出身地も年齢もばらばらな子供たち。彼らの共同生活と、やがて来るであろう別離が描かれています。

家庭や学校でいろんな悩みを抱えながらも、各々一生懸命、笑ったり泣いたりしながら毎日を過ごしている。当たり前のことなんだけれど、そういうところが描かれてるのがいいなと思いました。
互いにとても近い関係である彼らが、それぞれを気遣ったりするのが、闇の中に灯がともるようでした。
著者がインタビューで「なぜ子供の世界にも精神的なセーフティネットがないのかと思ったのが執筆のきっかけ」と語っているのを読みました。
いじめや辛い場所から、時には「逃げる」ことが必要、というところに共感しました。そのための一歩を踏み出す勇気の必要性を感じる一方で、現実には子供がそれらの選択肢を行使することの困難さを思います。

それにしても、この著者の文章は上手です。まず、子供たちの性格の書き分けがしっかりしていて、一人ひとりが何を考えているのか、何気ない言葉で伝わってくるところがすごいと思います!
さらに、運動靴の底が磨り減って底が低くなっているという描写とか、細部から次第に全体像に入っていくのとか、まるで映画のカメラワークみたいだなあと。
ラストは、心情的なクライマックスというだけではなく、視覚的にも美しい場面になっていて印象に残りました。

写真は、京都の七夕。祇園祭と五山送り火に挟まれた、ちょうど今の時期にやっているイベントなんだそうです。
(2013年-62冊目)☆☆☆

「何者」


◆2013年5月6日
「何者」(新潮社)
朝井リョウ

朝井リョウさんの「何者」を読みました。
「現代をとらえた斬新な青春小説」というのが直木賞受賞時の選評だそうですが、文章の上手さだけでなく、今を描いた内容に惹き付けられました。

登場人物は、就活中の5人の若者たち。彼らが同じ部屋に集まって、試験の対策を練ったり一緒にエントリーシートを書く場面があります。他人の状況を確認しつつ牽制し合ったりして…。チクリ、チクリと嫌な感じが心に刺さります。
ボランティア、インターンシップ、海外留学…、いまだに「何者」にもなりえないと感じつつも、いやおうなく企業の望む(だろう)仮面を被らなくてはならない就活生の現実。
「面接に落ちると、丸ごと人格が否定されているように感じる」というような言葉が文中にありましたが、就活というものの「あとがない」感じ、焦りや孤独感が、よく出ているように思います。
お話は、終盤でそれまでの展開が一気にひっくり返って、世界の様相が一変します。いきなり内側と外側が逆転してしまったような感覚に驚きました。
現代の若者にとっては常識なのでしょうが、ツイッターやFacebookが小説の重要な小道具になっています。リアルな人間関係とは別のところで並行的に成立している、現代社会のコミュニケーションのあり方とか、人と人との関係について考えさせられました。
(2013年-39冊目)☆☆☆
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